周りから自分を見つけてもらえない寂しさ、そんな孤独感をのりこえられたのは音楽があったから

 映画「鯨の骨」は謎めいた少女をめぐる物語だ。〈ミミ〉というアプリの世界でカリスマ的な存在の明日香という少女を巡って、心に傷を抱えた男、間宮は現実とヴァーチャルの境界をさまよう。「ドライブ・マイ・カー」の脚本を手掛けた大江崇允が監督・脚本を手がけた本作で、明日香を演じたのはミュージシャンのあの。そのユニークな個性が注目を集めて多方面で活躍する彼女が、新たな一面を垣間見せている。「明日香の気持ちがよくわかった」と言う彼女に、映画について話を聞いた。


 

――この物語のどんなところに惹かれました?

「後半に行くまでがミステリーっぽくて、一体どうなるんだろう?っていう疑問が湧いてくる。でも、最後には思いがけない展開になって、それまでは不思議な空間だったのに、ラストで〈ほいっ〉と抜ける感じがすごく面白くて。そういう監督の仕掛け方にすごく魅力を感じましたね」

――確かに最後に意外なところに着地しますよね。明日香というキャラクターのどんなところに興味を持ちました?

「これまで活動してきたなかで、自分は一人しかないけど人の数だけあのちゃん像があるなと思っていて。そういうことを感じていたから、脚本を読んだ時、明日香の気持ちがわかるなあって思いました。明日香が〈ミミ〉の世界に入ることで、自分の心の奥底を隠しちゃうところも共感できましたね」

――役を演じるうえで意識したこと、大変だったことはあります?

「大変だったことのひとつは喋り方です。発声の仕方は何度もやりました。ボクにとってはこの喋り方は普通何ですけど、明日香には明日香の声があって、(明日香は)こんな感じじゃないかな?ってやってみても〈違う、まだあのちゃんみたいだ〉って監督に言われたりして。ボクはコミュニケーションが苦手ということもあって、声が自分の口の中で収まっちゃうんです(笑)。監督からは〈相手に打ち当てるように喋って〉と言われたんですけど、そんな感覚で喋ったことがなかったんですよね」

――喋り方から役を作っていったんですね。あのさんにとって演じることの面白さはどんなところですか?

「音楽やテレビでは〈あのちゃんらしくやって〉と言ってもらえるので自分らしくやれているんですけど、演技は別人格にならなくてはいけない。挙動、喋り方、目線、すべてを変えなくてはいけないんです。この映画がきかっけで、作品の中では別の人格になれる自分もいるんだなって発見しました。それは自分にとっては成長でしたね」

――誰かが動画を投稿した場所でアプリをかざすと、そこにはいない投稿者の映像が映し出される〈ミミ〉というアプリについてはどう思いました?

「なんか怖い(笑)。〈ミミ〉は人を狂わせてしまう一方で、人を救っているところもあると思うんですよね。信者たちがいっぱい集まる理由もわかります。実際にこういうアプリが生まれる可能性って全然あると思うし、ちょっと面白いけど危うい存在だなって思いました」

――〈ミミ〉のどういうところが人を狂わせてしまうんでしょう?

「携帯をかざすだけで、実際にそこに人がいるような感覚になる。現実と勘違いしちゃうところですね。そこでリアルと妄想が混ざり合って、暴走しちゃう人が出てくるんじゃないかなって思うし。明日香みたいに〈ミミ〉で活動している側も、現実とアプリの中の自分を勘違いしちゃう。現実とアプリの違いをちゃんとわかっていないと危ない気がしました。自分をしっかり持っていることが大事で、SNSしか見えなくなると危険だなって思います」

――そういう意見を聞くと、映画の冒頭で明日香が自殺しようとした理由もわかる気がします。

「たかがSNSですけど、それで命を落としてしまうことがあるだろうなって思うくらい言葉は鋭いし、人に影響を与えるんですよね。間宮が墓場で携帯をかざすと〈ミミ〉に明日香が映るシーンは、明日香の気持ちを考えると自然と涙が出てきました。明日香は孤独だし、本当の意味で自分を見つけてもらえない。〈ミミ〉の中で生きている明日香の気持ちがしんどくて……」

――あのさん自身も、周りから自分を見つけてもらえない寂しさを感じていたことがありました?

「ありましたね。本当の自分は誰も受け入れてくれないなって思ったりもして。ツイートしたら〈大丈夫?〉って言ってくれる人がいるので、心配されて羨ましいって言われることがあるんですけど、それはありのままの自分ではないから。一人で部屋にいる時とか、友達といる時とかも、まったく素の自分を出せなくて。だから、周りに自分の悲しみとかを共感してもらえない。もっと大人になって成長したら受け入れてもらえるのかもしれないけど、当時は全然受け入れてもらえなくて。そこのことにすごく敏感になって、どうせ本当の自分は誰にも受け入れてもらえない、というマインドで長年いたんです」

――そういう孤独感は若者の多くが感じていると思います。あのさんはどうやってそれを乗り越えたのでしょうか?

「そこから抜け出すのには時間がかかりました。今もそこに落ちていくことは全然あるんですけど、なんとか乗り越えられたのはライヴで歌うようになったからですね。歌っている瞬間だけは自分の感情を爆発させられる。それを見せている自分が好きだったりするんです」