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巨大化と果敢な変化

 バー・バンド的な躍動から一転してアメリカ社会の厳しい現実と孤独を見つめた弾き語り作『Nebraska』(82年)からの“Atlantic City”は、日本のみのシングル・カットだった。こうしたダークな色調の曲をシングルとしてリリースした当時の日本ディヴィジョンの挑戦的な姿勢にも拍手を送りたい。

 84年のモンスター・アルバム『Born In The U.S.A.』からの各曲、“Dancing In The Dark”から“My Hometown”までの怒涛のシングル攻勢は、ロックがメガ・ビジネス化していった80年代ならではの出来事だったといえるだろう。そうした〈巨大化〉は、タイトル曲が単なるアメリカ礼賛と誤解されるといった現象にも繋がってしまったわけだが、一方で、シンセサイザーなどを交えたポップなサウンドは、日本でも大きな支持を得ることになった。また、85年4月には、初来日公演が実現している。この来日公演が国内のリスナーとミュージシャンに与えたインパクトも非常に大きかったと想像する。

 こうした時期に、ブルースからの影響を自身の作品へと積極的に反映していったのが、かの長渕剛だ。80年代半ばから90年代にかけて長渕が発表した諸作は、うるさ型の〈音楽マニア〉からはときに軽視されているようにも思うが、ブルースのサウンドやアティテュードを鮮烈な形でローカライズした、類まれな実践例だったと断言したい。

 Disc-2は、87年リリースのアルバム『Tunnel Of Love』収録曲から幕開けする。プライヴェート・スタジオで制作された同作は、どこか柔和で落ち着いたトーンの漂うものとなった。ソリッドなバンド・サウンドを期待する一部のファンはやや肩透かしを食らう格好となったが、80sリヴァイヴァルが興って久しい現在の耳で聴くと、むしろ魅力的に響いてくる。特に〈シンセ・ポップ風〉とすら言える軽やかさを湛えたタイトル曲は、いまこそ再評価したいものだ。92年に同時リリースされた『Human Touch』『Lucky Town』の2作からのシングル曲も、同様の落ち着いたトーンがかえって新鮮に耳を捉える。

 オーセンティックなロック・サウンドを追求し、反デジタル・テクノロジー的な態度を貫いてきたとイメージされがちなブルースだが、その実、折々の録音技術へ果敢にアプローチしてきたミュージシャンでもある。映画「フィラデルフィア」へ提供した、ヒップホップ調のビートを伴う“Streets Of Philadelphia”(94年)は、そうした側面が顕著に現れた一曲だろう。

 一方で、ジョン・スタインベックが1939年に発表した名著「怒りの葡萄」からインスパイアされた『The Ghost Of Tom Joad』(95年)のように、フォーク・ミュージックの伝統にアプローチした作品をものにするなど、のちの〈アメリカーナ〉の興隆とも共振する動きも展開していった。

 これらの楽曲を収録した今回の2枚組ベスト・アルバム『Japanese Singles Collection -Greatest Hits-』は、50周年を数える長いキャリアの前半期において、ブルースがどのようにみずからの音楽を奏で、歌ってきたのかという歩みを巡ることのできる、またとない好企画盤と言える。

今回のベスト盤に収録された楽曲の初出アルバム。
左から、87年作『Tunnel of Love』、92年作『Human Touch』、92年作『Lucky Town』、95年作『The Ghost Of Tom Joad』(すべてColumbia/ソニー)、94年のサントラ『Philadelphia』(Epic)、95年のサントラ『Dead Man Walking』(Columbia)

ブルース・スプリングスティーンの近作。
左から、2022年作『Only The Strong Survive』、2021年のライヴ盤『The Legendary 1979 No Nukes Concerts』、2020年作『Letter To You』、2019年作『Western Stars』(すべてColumbia/ソニー)