
パーカッション加藤訓子、コンテンポラリーダンス中村恩恵が巨匠クセナキスの円熟期の名曲を届ける
スティーヴ・ライヒも信頼を寄せる、唯一無二のパーカッショニスト加藤訓子(なお、ライヒの新譜もそう遠くないうちに発表がある予定だとか……乞うご期待!)。彼女が高知県立美術館とタッグを組んで新たにプロデュースするのは、現代音楽というカテゴリーを超えて愛され続ける巨匠ヤニス・クセナキスの力強い音楽と、日本が世界に誇る中村恩恵(なかむら・めぐみ)のダンスを掛け合わせた舞台だという。
能楽堂にもなるという〈美術館ホール〉で演奏される曲目のひとつは、クセナキスが遺した傑作である打楽器独奏曲“ルボンa.b.”(1987~89)。ルボンは仏語で〈跳ね返り〉を指す言葉で、まさにボールが多様なバウンドを繰り返していくかのような音楽だ。世界中で演奏されまくっている超人気作なので、クセナキスの入門にもちょうどいい。加藤にとってもレコーディングはもちろんのこと、ライヴで数えきれないほど披露してきた十八番のひとつといって良いだろう。
だが今回の企画でご注目いただきたいのは、公演名にもなっている“プサッファ”という1975年の作品だ。こちらも打楽器独奏なのだが記譜法がやや特殊で、“ルボンa.b.”に比べると著しく演奏機会は少ない。
「若い頃にコンクールの課題曲として譜読みした記憶はあるんですが、最後まで通すので精一杯だったんですね。そうこうしているうちに後から書かれた“ルボン”の楽譜が出回るようになり、私もそちらばかりを演奏するようになりました。“プサッファ”はそれっきり封印していたんです」
ところが近年になって加藤はその魅力を再発見することに。きっかけとなったのは、ダンスや舞とのコラボレーションだ。
「私が2013~14年にひとりでレコーディングした“プレイアデス”(クセナキスが1978年に作曲した6名のパーカッショニストのための音楽)は本来、ダンスのための作品だったので2014年4月に中村恩恵さんと演出のルカ・ベゲッティとステージバージョンを創作しました。またクセナキスは日本の能に憧れがあったので能楽師の中所宜夫(なかしょ・のぶお)さんに“ルボンa”を2015年12月、“ルボンb”も2021年6月に舞っていただいたんです。そして今度は2022年のクセナキス生誕100年にむけて〈クセナキスと舞〉という企画を考えていたときに、恩恵さんがまた出てくださることになって。じゃあ彼女と何をやるべきなのか、いま一度熟考したときに“プサッファ”を思い出したんです」
そもそもプサッファとは、古代ギリシアの詩人サッフォーのこと(彼女の生まれ故郷における方言)。どうやらクセナキスの“プサッファ”は、彼女の詩にインスパイアされているらしい。
「この作品を久々にみてみると、出てくるリズムからダンスのステップがイメージされて、まるで偶像のように恩恵さんの姿が浮かんできたんです。それで封印を解いて最初から丁寧に楽譜を読み直し、楽器の組み合わせも今の自分がもっているボキャブラリーの中から選び直してみました。そこから恩恵さんと作り込んでいったら、もの凄く良いものになったんです! 私自身がびっくりするほどに。……なので終わってからすぐ、他のクセナキス作品と組み合わせて全部で60分ぐらいのプログラムを作りたいと考えてはじめていたところ突然、高知県立美術館の館長である藤田直義さんから何かやりませんかと連絡があって! 高知県立美術館は以前からコンテンポラリーダンスもやっていらしたこともあり、こうして実現することが出来ました。渡りに船だと思いましたよ(笑)」
中村恩恵はイリ・キリアンが芸術監督をしていたネザーランド・ダンス・シアターなど、海外での活動歴が長かったこともあり、日本国内ではこの十数年でダンサーとしてのみならず、振付家としても注目を集める機会が増えたように思う。だが加藤との付き合いは20年前にさかのぼる。
「2005年に彩の国さいたま芸術劇場で彼女が振り付ける新作をやることになった際、劇場側から音楽を担当して欲しいと依頼され、それで公演前の2003年頃に初めてお会いしました。以来、何度も共演させていただいているのですが、彼女は体つきだけでなく考え方とか色んなことが日本人離れしていて、私も共感することが多く、とてもやりやすいんです。そして何より、出てくる表現に信頼がおける。それは彼女がすごく誠実で、表現というものに素直に向き合っているからなのだろうなと私は思っています」
〈ダンス〉は、ほとんど常に〈音楽〉を欲している。だが両者が対等にあることは、案外と難しい。どちらかがもう一方の付属物になってしまったり、両者の関係性が視えてこなかったりすることは、しょっちゅうだ。
「互いに対しての遠慮や迷いを引きずったまま舞台に上がってしまうと、そうなってしまうのかもしれません。私が大事だと考えているのは、ここに休符があるから一緒に何かやる……とか、そういう表層的なことではないんです。言語化されたテーマやコンセプトを共有して、それを個々がどのように表現するのか? ダンスと音楽ならそれぞれの時間軸が平行ではないけれど、どうコーディネートしていけば緊張感が途切れずに続いていけるのか? うまくお客様の想像力を刺激できれば、そうした余計なことを考える暇さえないぐらい――理想は空間性も感じられるぐらい――になるんじゃないかなと。結果はご覧いただいたお客様が一番よく分かっているはずです」
クセナキスの公演翌日1月28日には美術館より70kmほど離れた窪川四万十会館で、〈加藤訓子 バッハを弾く〉というコンサートも予定されている。
「新型コロナによるパンデミックが騒がれるようになった頃、私はアメリカにいたんです。それから数週間後に日本に帰るはずが、飛行機が飛ばなくなってしまって。今後のことを考えて色んな手続きをしているうちに、身体の痛みもあってだんだん楽器も触らなくなって、皆さんもそうだったと思うんですけど、私もあの頃、悶々としていました。ところが、家でFMラジオを小さな音でかけっぱなしにしているんですけど、ある日の夜、急に目覚めたら壮絶なピアノの演奏でバッハのシャコンヌ(ブゾーニ編曲)が聞こえてきて……おもわずスピーカーに耳をそばたてて最後まで聴いてしまったんです。それで翌日からまたバッハを弾くためにマリンバの前に立つようになりました」
加藤は2015年にバッハ作品を集中的に録音しているが、そのなかにはシャコンヌが終曲に控える“無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調”は含まれていなかった。自分には合わないと思って封印していたというから意外だが、この経験以来、各所で演奏を繰り返し、今では大事なレパートリーになっているという(高知でも披露予定だとか!)。
「これまで世界中を旅してきましたけれど、もちろん日本国内にも行ったことのないところは沢山あって。美術館のある高知市内に行くだけでも空気が変わるなと思いましたが、今回は四万十町まで行けるというのが私自身にとっても本当に楽しみですね」
クセナキスもバッハも週末の公演となっている。観光(アート・ツーリズム)がてら、わざわざ遠出する価値あるイベントになりそうだ。
加藤訓子(Kuniko Kato)
愛知県豊橋市出身。桐朋学園大学研究科修了後、渡欧。ロッテルダム音楽院を首席で卒業。サイトウキネンオーケストラ、アンサンブル・イクトゥス、アンサンブル・ノマド等内外グループへ参加。2015年、クセナキス作品を収録したアルバム『IX』は、レコードアカデミー賞へダブルノミネートされ、米NPR年間ベストソング選出された。第12回佐治敬三賞、第26回ミュージックペンクラブジャパン音楽賞最優秀録音賞、第10回CDショップ大賞2018、平成30年度(第73回)文化庁芸術祭優秀賞等、受賞歴多数。次世代若手アーティスト育成を目的にアーティストインキュベーションプロジェクト〈inc.〉を主宰、芸術監督として次代の育成に当たる。英国の高音質で知られる世界的レーベル〈Linn〉からアルバムをリリースする唯一の日本人アーティスト。
LIVE INFORMATION
Music Theater
加藤訓子(パーカッション)× 中村恩恵(ダンス)
PSAPPHA(プサッファ)
―音楽と身体が拮抗する、オール・クセナキス・プログラム in 高知県立美術館―
2024年1月27日(土)高知県立美術館ホール
開場/開演:13:30/14:00(約80分)
※終演後、加藤訓子・中村恩恵によるポストパフォーマンストークを開催
■プログラム
『響・花・間』Hibiki Hana Ma (1969)
『ルボンa.b.』Rebonds a.b. (1987~89)
『プサッファ』Psappha (1975)
■関連企画
1. 中村恩恵ダンスワークショップ
2024年1月22日(月)19:00~(2時間程度)
2. 出演者による公演直前トーク
2024年1月23日(火)19:00~(50分程度)
※いずれも無料、事前申し込み制
■チケット
一般前売券:2 ,000円
学生前売券:1, 000 円 (当日券は+500円)
未就学児はご入場いただけません
身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・戦傷病者手帳・被爆者健康手帳所持者とその介護者(1名)は3割引です。
■前売券発売所
・高知県立美術館ミュージアムショップ
・金高堂本店
・ローソンチケット(Lコード:63098)
主催:高知県立美術館(公益財団法人高知県文化財団)/公益社団法人全国公立文化施設協会
助成:文化庁文化芸術振興費補助金統括団体による文化芸術需要回復・地域活性化事業(アートキャラバン2)/独立行政法人日本芸術文化振興会
お問い合わせ(高知県立美術館):〒781-8123 高知県高知市高須353-2/TEL 088-866-8000
https://moak.jp/event/performing_arts/PSAPPHA-katokuniko-nakamuramegumi.html
加藤訓子 バッハを弾く
2024年1月28日(日)窪川四万十会館
開場/開演:13:30/14:00(約60分)