サマセット・モームの短編小説『雨』を題材に「見えないもの」を可視化する空間表現の試み
3月11日(土)・12日(日)、愛知県芸術劇場小ホールでDaBYダンスプロジェクト『Rain』が上演される。同公演は2021年12月に鈴木竜が新作を発表して以来の、愛知県芸術劇場とDance Base Yokohama(DaBY)による連携プロジェクトだ。DaBYアソシエイトコレオグラファーの鈴木竜が演出・振付を、現代美術作家の大巻伸嗣が舞台美術を手がけ、サウンドアーティストのevalaが音楽を担当。題材としてイギリスの小説家/劇作家サマセット・モームの傑作短編小説『雨』(1921)を取り上げる。
『雨』といえば、医師マクフェイル夫妻と宣教師デイヴィッドソン夫妻、娼婦トムソンが南洋の小島に閉じ込められ、雨が降り続ける中、デイヴィッドソンとトムソンの価値観の違いが断絶と悲劇を生んでいくという物語である。この小説を題材とした経緯について、愛知県芸術劇場エグゼクティブプロデューサーでDaBYアーティスティックディレクターの唐津絵理はこのように説明する。
「まだコロナ禍に見舞われる前、DaBYの勝見博光から、サマセット・モームの『雨』を題材にダンス作品を作ってはと提案がありました。文学として完成した小説をダンスにするには、舞台作品にするための必然性が必要だと思っていたのですが、この小説は非常に身体的だと感じたこともあり、いつかダンスにしたいと考えていました。その後、コロナ禍になって何に取り組むかを考えた時に、〈感染症により南の島に閉じ込められる〉という『雨』のシチュエーションが非常にリアルに感じられるようになりました。それで今のタイミングに。この島の状態そのものを劇場に作り出せたらと思ったんです」
出演者として真っ先に決まったのは新国立劇場バレエ団のプリマで愛知出身の米沢唯だった。
「2020年2月、コロナ禍の影響で劇場が閉鎖される直前に、米沢さんが所属する新国立劇場バレエ団で『マノン』という作品の上演がありました。そこで彼女はマノンという、気高き美少女から娼婦になっていく役を演じていて、対比が素晴らしかったんです。それが『雨』に出てくる主要人物のトムソンと重なるようにも感じられて、彼女のトムソンが見たいと思いました」(唐津)
演出・振付を担う鈴木竜は、モームの『雨』を「彼が生涯を通して投げかけてきた問いが一番明確かつ簡潔に表現されている作品」と評しつつ、舞台芸術で上演される『Rain』では「見えないもの」を可視化するプロセスが手がかりになると語る。
「例えば雨が降りしきる南の島の湿気のように、確かにそこにあるけど目に見えないもの、そうしたものが『雨』では表現されているように感じます。約100年前の作品ではありますが、そこには現代社会でも通じる普遍性がある。それは例えば宣教師と娼婦の思想的対立かもしれないし、そこに働いている抑圧、そこにおける人間関係の非対称性、あるいは自分の正しさを他人に押し付ける傲慢さかもしれない。どれも確かにそこにあるけれど、見えないものばかりです。こうした目に見えないものをどのように可視化していくかというところを手がかりに、これまでリサーチとクリエーションを進めてきました」(鈴木)