周囲の圧力に屈することなく立ち上がった女性たちの物語
東京文化会館はクラシック音楽の古典的レパートリーだけでなく、コンテンポラリー・ミュージックにも光を当て、気鋭の作曲家に作品を委嘱し、発信するプロジェクトを続けている。今年の2月に、芥川龍之介の小説を題材にしたデヴィッド・ラングのオペラ「note to a friend」が東京文化会館小ホールで初演され、大きな注目を集めたことも記憶に新しい。
東京文化会館では「note to a friend」に続き、8月に「シミグダリ氏または麦粉の殿」が初演され、12月には「曾根崎心中」の初演も予定されている。そして来年2024年1月には、上野発の新たな舞台作品として「かぐや」が初演される。
「かぐや」の作曲はイギリスとフランスにルーツを持つ、ミレニアル世代の作曲家、ジョセフィーヌ・スティーヴンソン。テキストはスティーヴンソンとコラボレーションを重ねてきたベン・オズボーンが執筆する。オズボーンは日本の短歌にインスピレーションを得た詩「Tanka」(スティーヴンソンが歌曲にしている)を書いているほど日本文学に精通しており、このプロジェクトのキーパーソンとなる。スティーヴンソンが深く敬愛するダンサー、振付家の森山開次も加わり、まだ誰も見たことのない2020年代の「竹取物語」が幕を開ける。
英国王立音楽院に学んだスティーヴンソンは、作曲家、編曲家としてだけでなく、シンガーとしても活躍し、その活動領域はクラシック音楽からポップ・ミュージックまで多岐にわたる。「かぐや」はいったいどんな作品になるのだろうか。今まさに作曲に取り組むスティーヴンソンに話を聞いた。
「この作品は所謂オペラではありません。ヴォーカルは物語の内側と外側を行ったり来たりしながら、ときにキャラクターの声も担います。その点で、歌手が特定の役を演じるオペラとは異なります。まずはベン(・オズボーン)のテキストから〈ソング・サイクル〉というべきものを完成させ、その後、森山さんと話し合いながら、舞台作品に仕上げていくつもりです」(ジョセフィーヌ・スティーヴンソン、以下同)
「竹取物語」というテーマは、森山からの提案だったという。スティーヴンソンは、この日本最古の物語に、明治から昭和を生きた歌人、与謝野晶子を登場させる。「竹取物語」と与謝野晶子は作品のなかでどう結びつくのだろうか。
「『竹取物語』は日本人に長く愛されてきた物語であり、外国人の私になにができるのだろうか、と考えたりもしましたが、お客さんがストーリーを深く理解しているということは、私の音楽を初めて聴いていただくうえで良いことだと思っています。
『竹取物語』でなにより感じるのは、かぐや姫の強く自立したキャラクターです。周囲の圧力に屈することなく立ち上がった女性という点で、かぐや姫は与謝野晶子と重なります。私は数年前にベンから与謝野晶子の短歌を紹介され、心を揺さぶられました。そして、このプロジェクトで『竹取物語』を扱うと決めたとき、そこに与謝野晶子が必要だと思ったのです。彼女は作品のなかでかぐや姫を見守り、ときに励ます存在となるでしょう」
「かぐや」では、スティーヴンソン自身のヴォーカルと弦楽四重奏に、箏の響きが織り交ぜられる。スティーヴンソンは日本の伝統楽器をどのように用いるのだろう。
「私が箏の生演奏に初めて触れたのは、イギリスのフォーク・ミュージックのフェスティバルでした。日本で勉強したイギリス人の箏曲家が、フォークシンガーと共演していたのです。床に置いて弾く奏法に大変驚いたのを覚えています。『かぐや』では箏をギターのように使って、この楽器の持つ新たな可能性を探っていきたいと思っています」
日本人なら誰もが知っている「竹取物語」を、ヨーロッパに生きるスティーヴンソンはどう解釈するのか。
「『かぐや』のコンセプトは、古い物語を現代の視点で読み解き、そこに普遍的なメッセージを見つけることです。『竹取物語』には〈人間と自然との共生〉〈富と所有〉〈帰る場所の喪失〉など、21世紀にも通じる問題が多く含まれています。『かぐや』に政治的な主張を持ち込みたいわけではありませんが、かぐや姫と与謝野晶子のパーソナルな物語を突き詰めるなかで、作品が社会性を帯びることはあり得ると思っています。ベンと森山さんと作り上げる舞台に、お客さんがさまざまな問いを投げかけてくれたら嬉しいですね」
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(Josephine Stephenson)
フランス/イギリス国籍を持つジョセフィーヌ・スティーヴンソン(1990年生まれ)は様々な音楽のジャンルやシーンで活躍する作曲家、編曲家、演奏者。映画、演劇製作者やソングライター、バンド(デーモン・アルバーン、アークティック・モンキーズ、ドーター、ナスカ・ラインズ、ジェイムズ・ライトン)と定期的にコラボレーションを行う。
LIVE INFORMATION
舞台芸術創造事業 現代音楽プロジェクト「かぐや」
2024年1月13日(土)東京・東京文化会館 小ホール
開場/開演:14:30/15:00
■曲目
第1部 室内楽
カイヤ・サーリアホ:テッラ・メモリア[弦楽四重奏]
ユハ・T・コスキネン:イザナミの涙[箏](世界初演)
横山未央子:委嘱新曲[弦楽四重奏](世界初演)
第2部「かぐや the daughter tree」(世界初演)(原語(英語)上演・日本語字幕付)
原作:「竹取物語」及び与謝野晶子の詩に基づく
作曲:ジョセフィーヌ・スティーヴンソン 作詞:ベン・オズボーン
振付:森山開次
出演:ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(ヴォーカル)*/森山開次(ダンス)*/山根一仁/毛利文香(ヴァイオリン)/田原綾子(ヴィオラ)/森田啓介(チェロ)/吉澤延隆(箏)
*第2部のみ出演
照明:大島祐夫
衣裳:増田恵美