Photo by Julian Mommert

ギリシャ人と牛頭とくればクレタ島のミノタウロス伝説かっ!?
不穏で美しく壊れつづける世界。ギリシャの鬼才が牛とともに再登場!

 パパイオアヌーが! コロナ禍での中止と、その後の延期も乗り越えて7月にやってくる! 〈ぱ、ぱぱい…… って何?〉という読者のために説明すると、いま世界の舞台芸術界で最も注目されているギリシャ人のアーティストである。 アテネ五輪の開閉会式を演出したりしているが、巨匠ぶることもなくみずみずしいド変態的パワー(良い意味で)を炸裂させ、超一級の美的衝撃に満ちた舞台を創り続けている。2019年6月の初来日公演『THE GREAT TAMER』は大反響を巻き起こした。

 が、いったいどんな舞台なのか、説明は非常に難しい。 あまりにも独自すぎるのだ。演劇というには台詞もなければストーリーもない。音楽に合わせて踊ったり群舞があるわけでもない。ただ粛々と〈とんでもない何か〉が起こり続けるのである。

 今作は殺風景な舞台セットから始まる。小さなドアがひとつあるだけの地下倉庫のような灰色の壁で、高所に蛍光灯が点滅している。と、手が長く頭らしき部分が不自然なまでに小さくて全身のバランスがおかしい真っ黒い姿をしたヘンテコな連中が続々と入ってきて……というね。不穏で、愛らしく、ときにゾッとするような瞬間が連鎖していく。それが単なるコケおどしではなく、パパイオアヌーならではの論理と美学に貫かれており、謎の説得力を生み出しているのである。

 その強烈なイメージは、まずダンサー達の身体を通して展開していく。ダンスの文脈で語られるのが多いのもそのためだろう。照明に逆光が多用されるのも、身体のラインを最優先に美しく見せるためだ。 そして〈身体を分断・分解・再構成するシーン〉が随所にある。これはパパイオアヌー作品の象徴ともいえる。もちろん物理的に切断するわけではなく〈身体の一部を隠し、見えている部分を組み合わせたり切り離したりする〉という視覚トリックだ。しかし二人のダンサーの上半身と下半身があり得ない角度で結合するなど、見慣れていたはずのものが全く違って見えてくるのである。

 美術のセンスもユニークだ。ヨーロッパの舞台芸術の真骨頂は〈一見シンプルな舞台美術が途中でガラリと変わり、全く違う様相を見せる〉ものだが、本作でもなかなかに驚かせる展開がある。特に重要な役割を果たすのが、黒い牛である。実物大の大きさがあり数人がかりで操作するのだが、動きが見事で本物と見まごうほど。さらに牛のマスクを被った男も出てくる。〈ギリシャ人と牛頭とくればクレタ島のミノタウロス伝説かっ〉と深読みしたくなるが、安易に物語をなぞるようなことはしない。どころか零れ落ちる乳がキリスト教のマリア像とかさなるなど、様々なイメージが幾重にも織りなされていくのである。

 人間が抱く原初のイメージが、形も定まらぬままに掴み出され、舞台上に叩きつけられる。観客は頭で理解する以上の何かを、全身で受け取ることになるだろう。舞台芸術や美術が好きな人、ダンスや身体が好きな人、そして牛が好きな人も、とにかくこの舞台を見逃すな!

 


INFORMATION
ディミトリス・パパイオアヌー『TRANSVERSE ORIENTATION』

2022年7月28日(木)、29日(金)埼玉 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
開演:19:00
2022年7月30日(土)、31日(日)埼玉 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
開演:15:00

■ご予約・お問い合わせ
SAFチケットセンター(彩の国さいたま芸術劇場内):0570-064-939
受付時間:休館日を除く10:00~19:00

主催:彩の国さいたま芸術劇場/公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団
助成:Dance Reflections by Van Cleef & Arpels/文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)/独立行政法人日本芸術文化振興会
後援:駐日ギリシャ大使館

https://www.saf.or.jp