KYOTO EXPERIMENT 2024
©小池アイ子

京都発信のフェスティバルで体験
〈えーっと〉のひと呼吸がつなぐ自己と他者の記憶や歴史

 国際的な舞台芸術のフェスティバル〈KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2024〉がこの秋も開催される。

 今年のキーワードに選ばれたのは、〈えーっと えーっと〉。会話やスピーチで便利に使われる〈合いの手〉のようなものだが、次のことばを紡ぐまでの手がかりでもあり、本フェスティバルでは〈記憶と対話〉〈過去と現在〉〈他者と自分〉を繋ぐことばとして捉えている。

 今年の上演プログラム〈Shows〉では14の演目が予定されている。その中でも注目したい2つの作品を紹介しよう。

チェン・ティエンジュオ&シコ・ステイヤント
©Camille Blake

 日本初演となる「オーシャン・ケージ」は、インドネシア・レンバタ島のラマレラ村で伝統的に行われてきた捕鯨の営みを集合的な儀式に昇華するパフォーマンスだ。

 アーティストは、多様なメディアを駆使して舞台芸術とビジュアルアートを横断する、中国・北京生まれチェン・ティエンジュオと、国際的に活躍するインドネシア・ジャカルタ生まれのダンサー・振付家のシコ・スティヤント。リサーチのために訪れたラマレラ村で、彼らは強くインスピレーションを受けた。この村では現在も伝統的な漁法で捕鯨が営まれ、海の恵みを祖先からの贈り物であると考えている。村の人々にとって、捕鯨は単に食料を得る術というだけではない。漁期に執り行われる手厚い儀式が示すように、鯨との共生は彼らの信仰、社会、文化と深く結びついてきた。しかし、容赦なく押し寄せる近代化の波がその伝統の存続を危うくしているという。

 「オーシャン・ケージ」の会場には固定された客席はない。観客は、映像、オブジェ、音楽に満たされた空間に足を踏み入れ、スティヤントの踊りを間近で見るうちに、伝統と現代がマッシュアップされた儀式を構成する一員となっていく。漁師たちが海岸でクジラを発見すると「バレオ! バレオ!」という声が上がる。何世紀ものあいだ続いてきたこの雄叫びは、クジラの出現とともに祖先が姿を現し、村に祝福を与えてくれることを祈るものだ。

 この完全没入型の儀式の祈りに応えて、はたして鯨は姿を現すのか? あるいはそこに喚起されるのは、日本人にも無関係ではない捕鯨の伝統と倫理、自然の生態系とその一部である人間の関係性をめぐる考察かもしれない。

穴迫信一 × 捩子ぴじん with テンテンコ
©mizuno hiro

 一方、「スタンドバイミー」は、テキストと身体を行き来し、その境界線を〈えーっと〉で埋めながら、死者と生者の捉える現実について考えてみたい作品だ。

 北九州でブルーエゴナクを旗揚げし、現在は京都と東京を拠点に加え、活動領域を広げる劇作家・演出家の穴迫信一。麿赤兒率いる大駱駝艦で活動を開始し、独立後はソロダンスや振付作品を発表すると共に、さまざまなアーティストと協働してきたダンサー・振付家の捩子ぴじん。京都随一の小劇場、THEATRE E9 KYOTOのアソシエイトアーティストを務めた2人が初の共同演出に臨む。さらに、アイドルグループBiSで活動後、ソロプロジェクトを展開するエレクトロニクスミュージシャン・DJのテンテンコが音楽を手がける。

 本作では、彼らがともに関心を寄せていた死生観をテーマとしている。〈自らとの関係が保留されている(現在の、あるいは100年後の)死者の前に立つことができるか〉という問いをもとに、穴迫が戯曲を書き下ろす。音楽性の高いリリカルな穴迫の言葉に、自身のからだに微視的かつ俯瞰的なアプローチを試みてきた捩子の身体性がどのように介入していくのか。それも見どころのひとつだ。

 本フェスティバルではこのほかにも、自己と他者の個人的・文化的・政治的記憶や歴史を、〈えーっと えーっと〉で繋ぎながらたどる作品が多数ラインナップされている。

 政治の舞台からSNSまで、異なる意見や信条に突き当たったとき、脊髄反射的にその違和感や抵抗をことばにすることで分断や衝突を生み出してしまう傾向が近年ますます目に余る。〈えーっと〉のひと呼吸の余裕がときにはその〈差異〉をより豊かなレイヤーに加えることもあるように、私たちは舞台芸術との向き合い方からも生きやすさのヒントを得ることができるのではないだろうか。

 


INFORMATION
KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2024

2024年10月5日(土)~2024年10月27日(日)ロームシアター京都、京都芸術センター、堀川御池ギャラリーほか
https://kyoto-ex.jp/

チェン・ティエンジュオ&シコ・スティヤント
「オーシャン・ケージ」

[パフォーマンス]
2024年10月19日(土)、10月20日(日)ロームシアター京都 サウスホール
開演:16:00

穴迫信一 × 捩子ぴじん with テンテンコ
「スタンドバイミー」

[演劇]
2024年10月18日(金)堀川御池ギャラリー
開演:15:00 *ポスト・パフォーマンス・トーク

2024年10月19日(土)堀川御池ギャラリー
開演:13:00/19:00

2024年10月20日(日)堀川御池ギャラリー
開演:13:00