©Ian Witchell

サイケの好事家たちを虜にした昨年のコラボ作に、さらなるトリップへと誘う続編が登場! エイドリアン・シャーウッドがダブ化した『Reset In Dub』でどこに連れて行かれる?

 トリプル・ネームから漂う強烈なトリップの誘惑――その3者とは、現代サイケデリック・ロックにおけるカルト・ヒーローの両雄、パンダ・ベアとソニック・ブーム、そして40年に渡りOn-Uを運営するUKダブの巨星、エイドリアン・シャーウッドである。ジャンルを横断する3者が一同に介したダブ・アルバム『Reset In Dub』が本欄の主人公。前者2人によるコラボ作『Reset』(2022年)のエイドリアンによるダブ・アルバムだ。

 ソニック・ブームことピーター・ケンバーは、80年代後半よりUKサイケデリック・ロックの伝説、スペースメン3としてジェイソン・ピアース(現スピリチュアライズド)らと活動。解散後はスペクトラム、実験的な電子音響プロジェクト=エクスペリメンタル・オーディオ・リサーチ(E.A.R.)などのプロジェクトで活動している。強烈さゆえに忌諱されることもある極限のトリップ・サウンドで好き者たちを魅了し続けてきたアーティストだ。そしてパンダ・ベアことノア・レノックスは、2000年代中盤にブルックリンのアンダーグラウンドから現れた〈フリーク・フォーク〉の旗手、アニマル・コレクティヴの一員であり、ソロとしても広く高い評価を受け続けている。

 世代も出自も違う彼らだが〈飛び〉の馬が合うのか、パンダ・ベアの『Tomboy』(2011年)での共同作業に始まり、共同プロデュースの『Panda Bear Meets The Grim Reaper』(2015年)、ダブル・ネームとなった『Reset』とコラボを重ねている。

 『Reset』を〈エイドリアンの手によってダブへ〉という提案はピーターからのようだが、ノアもエイドリアンのファンなので、トントン拍子に話は進んだのだろう。2人のキャリアにおいて〈ダブ〉という要素は意外なイメージもあるが、実に重要だ。アニコレはそのサイケデリックな音響にジ・オーブなどテクノ世代のダブが霊感を与えたことをインタヴューでたびたび認めている。

 そしてピーターはベーシック・チャンネル一派にしてダブ・テクノの伝説、ポーター・リックスとE.A.R.名義でのコラボ作もある(97年)。さらに言えばピーターのスペクトラム名義は、結成直後のサイケデリック・ロック・バンド然としたスタイルから、エンジニアとの共作へと変化していき、シンセとエコー過多な音像となった3作目『Forever Alien』(97年)へと至る道程がある。つまりバンド主体からスタジオ・エンジニアリングによる新たなトリップ・サウンドの創出、いわば〈サイケデリック・ロックのダブによる拡張〉と解釈できそうな変化を起こしてきたという事実がある。広義のダブ=スタジオ・エンジニアリングによるトリップ・サウンドの生成というのは彼らに内在する音楽的要素と言えるのではないだろうか。

PANDA BEAR, SONIC BOOM 『Reset In Dub』 Domino/BEAT(2023)

 『Reset In Dub』はしかし、元の素材のみでダブ・アルバム化するオーセンティックな手法とは異なり、エイドリアン・シャーウッドならではのプロデュース力も加わった代物だ。ある種の〈レゲエ〉のうえに成り立つリミックス・アルバムと言っていいだろう。その肝はやはり〈レゲエ〉として〈美味い〉部分のリズムの取捨選択(ときに大胆な差し替え)とベースラインの拡張だ。

 例えば“Go On”のオリジナルと今回のダブ・ヴァージンを聴き比べてみるとわかりやすい。原曲のアコースティック・ギターのカッティングは〈取捨〉して削ぎ落とされ、〈選択〉されたドラムは剥き出しになり、リヴァーブをかけられアフタービートとして強調される。そこに重いベースラインが新たに加わる。こうして楽曲はレゲエのグルーヴを携えるのだ。これを土台にメロディーや歌声を生かしたトロピカルな〈飛び〉を発しながら、トリッピーなダブへと構築されていく。実に鮮やかな改変だ。これはすべての曲で起こっていることでもある。原曲の世界観を間違いなく宿しながら〈飛び〉を増幅させ、ダイナミックにレゲエへと足取りを変えてみせている。アーティストの個性を見抜き、取捨選択するプロデューサー的な視点とレゲエのプロフェッショナルたるダブ・エンジニアの視点、このふたつが一人のアーティストのなかで合致してこその音作り。ここに本作におけるエイドリアン・シャーウッドの凄みを見た。

左から、パンダ・ベア&ソニック・ブームの2022年作『Reset』、アニマル・コレクティヴの2023年作『Isn’t It Now?』、パンダ・ベアの2015年作『Panda Bear Meets The Grim Reaper』(全てDomino)、ソニック・ブームの2020年作『All Things Being Equal』(Carpark)

エイドリアン・シャーウッドの近年の参加作。
左から、クリエイション・レベルの2023年作『Hostile Environment』、アフリカン・ヘッド・チャージの2023年作『A Trip To Bolgatanga』(共にOn-U Sound)、スプーンの2022年作『Lucifer On The Moon』(Matador)