BETH GIBBONS
来日も控えるなかで、まさかのソロ・アルバムが完成! 恐ろしく繊細で美しい音と歌の深淵へ引き込まれる『Lives Outgrown』はどのようにして生まれたのか……
マッシヴ・アタックと双璧を成すブリストル・サウンドの先駆者、ポーティスヘッドのヴォーカリストとして知られるベス・ギボンズが、その長いキャリアを通じて初となるソロ名義のアルバム『Lives Outgrown』を完成した。アークティック・モンキーズやデペッシュ・モード、ブラー、ハイムなどを手掛け、その確かな手腕が冴えるシミアン・モバイル・ディスコのジェイムズ・フォードを共同プロデューサーに迎えた同作は、彼女自身の極めてパーソナルでもっとも内省的な作品となっている。
ポーティスヘッド以降、ジェーン・バーキンら限られたアーティストの作品に客演することはあったが、寡作ゆえにその動向が常に注目されてきたベス・ギボンズ。近年ではケンドリック・ラマー『Mr. Morale & The Big Steppers』(2022年)に収録の“Mother I Sober”に参加し、現代最高峰のリリシストの鬼気迫るライミングに堂々と渡り合うなど、その存在感はいまなお強烈な光を放っている。また、2023年にはアフガニスタン難民の少女たちによる音楽グループ=ザ・ミラキュラス・ラヴ・キッズとコラボレーションし、ジョイ・ディヴィジョン“Atmosphere”~デヴィッド・ボウイ“Heroes”をカヴァー。言葉にして何かメッセージを発せずとも歌というアクション一つで世界中の人々の心を動かすことができるという意味でこれほど強い影響力を持つアーティストも他にいまい。
多くの別れを経て
完成までに実に10年の歳月を要した今回の『Lives Outgrown』は、ベス本人の言葉を借りれば〈多くの別れ〉を経たことで生まれたという。家族との別れ、友人との別れ、そして過去の自分との別れ……。ここに収録された10曲はすべて人生の半ばを迎えた現在の彼女だからこそ生まれた楽曲だ。制作はまず旧知のリー・ハリス(元トーク・トーク)と共に、彼女が書き溜めてきた曲に相応しいドラム・サウンドを探す作業から取りかかったというが、なかなかしっくりくるものに辿り着けないでいた。彼女はブレイクビーツから離れたかったのだ。
「これ以上スネア・ドラムは使いたくないと思っていたの。使い古されてしまって全然おもしろさを感じないから」。
スタジオ内を歩きながら、彼女はそこにあった段ボール箱を何気なしに蹴ってみた。すると、そのときの音がこれまで試してきたどの音よりも良いことに気づき、これを手がかりにその辺に転がっているものを何でも演奏しはじめる。木の引き出し、タッパーウェア、豆の詰まった缶……。最終的なドラム・キットには、パエリア皿、金属板、ミキシング・デスクの一部、そしてスネア・ドラムの代わりとして牛革の水筒が含まれていた。キック・ドラムはなんとカーテンの詰まった箱。それらを柔らかいティンパニのドラム・スティックで演奏することで、ビートを刻むのではなく、ギターとヴォーカルの間を縫うように繊細で美しい音楽を奏でている。
この音楽性を一言で形容するなら〈ウッディー〉。木製で作られたような乾いた質感の、それでいて温もりを感じるような、そんな意味だろう。たしかに言い得ているのだが、この音楽性を手に入れるためにベスが前述のドラム・キットの他に用意したのはジュートと呼ばれる麻布、古い打弦楽器のダルシマー、太いゴムの弦を張ったウクレレのような名前すらわからない弦楽器など、およそ正しい旋律で演奏するのが難しい楽器の数々。さらに試行錯誤を繰り返しながらサウンドの探求は続いていく。実際にアルバムの冒頭を飾る“Tell Me Who You Are Today”では、プロデューサーのジェイムズ・フォードがピアノの中でスプーンを使って弦を叩いている様子を聴くことができる。彼は語る。
「僕はいろいろなものを手に取って試してみることに非常に関心があったし、しかもとても得意なんだ。ベスは僕がやる気満々だとわかると、楽器とそれを叩く箸やハンマーを渡してきて、そこから何かを生み出してみてと言うんだ。いきなり3本のリコーダーを差し出してきたこともあったよ」。
傍から見るとまるで遊んでいるかのように映るかもしれないが、実際にそうなのだ。完成までに10年かかった大きな理由はサウンド面であらゆるものすべてを上記のようにゼロから捉え直す作業を積み重ねたからなのだ。
