
シュガー・ベイブ結成前夜の奇跡的タイミング
北爪「山下さんもディスク・チャートの常連だった?」
長門「そうだね。歳は3つくらい下なんだけど音楽の趣味があって、それでお互いの家に行き来するようになってたね」
村松「僕は『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を作るよりも前から知り合いだった。1つ後輩の並木進が山下くんと中学高校で一緒にバンドやってて」
北爪「当時のことを『パイドパイパー・デイズ』を参考に時系列で並べてみると、1972年の10月にディスク・チャートがオープンして、11月頃には山下さんが来店してるんですよね。で、1973年の2月に山下さんと大貫さんが新バンドを組むという話になっているようなんですが」
村松「正月明けて並木の家で新年会をやったときに〈いい女性ボーカルがいるんだけど〉って話になったんだよね」
長門「それで山下くんからマネージャーをやってくれないかって僕に相談があったので、二つ返事で引き受けたんだよね」
北爪「ディスク・チャートは1973年の春には閉店してしまうので、わずか半年ほどの間に色々とドラマがあったんですね」
谷口「本当に奇跡的なタイミングですよ。バンドって始まるときにそういう勢いが大事なところがあるから」
長門「そういえば、シュガー・ベイブのデビュー以前なので、たしか1972、1973年かな。『遠くへ行きたい』って旅番組にター坊が出演したんだけど、憶えてない?」
村松「憶えてるよ。コーラスをやったんじゃないかな」
長門「そう、ター坊が列車の中で乗り合わせた学生さんたちと一緒に歌うシーンがあるんだけど、それは後で六本木のスタジオでター坊、村松くん、山下くんと僕でコーラスを入れたんだよ。〈あんまり上手く歌わないでって〉って言われてね」
谷口「あ、列車の人たちが歌っている体でアテレコしたんだ」
村松「大貫さんが番組の中で〈ウニってこうやって食べるんだよ〉とか言って海水でじゃぶじゃぶ洗って食べてるのを観て、ちくしょう美味そうだなあって思ったのは憶えてる(笑)」

はっぴいえんど解散コンサートに出演した〈新人〉たち
北爪「ディスク・チャートの話が出ましたが、当時の話でよく出てくるロック喫茶だと、高円寺のムーヴィンもありますよね」
長門「ムーヴィンは東高円寺の友だちの家に居候してた頃によく行ってたの。もともとは、はちみつぱいのベースの和田博巳さんが始めた店なので。そこに伊藤銀次とコマコ(駒沢裕城)が来たときに『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』がかかったんだよね。それを聴いて〈ビーチ・ボーイズのブートなの?〉ってなって」
谷口「驚いた銀次さんが大滝さんに報告したという有名なエピソードですね」
長門「そう。
村松「それは何月くらいなの?」
長門「8月18日かな」
谷口「すごい、日付が即答」
長門「9.21(シュガー・ベイブも参加した、はっぴいえんどの解散コンサート〈CITY-Last Time Around〉)の前だよ」
村松「直前だね。8月の末からリハーサルに入ってるから」
長門「『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を聴いた大滝さんは、シュガー・ベイブのことをコーラスグループだと思ってたんだよね。その辺のちょっとした誤解はあるんだけど、結局はター坊と村松くんと山下くんと小宮でコーラスをやることになったの」
谷口「(店頭のポスターを指して)ここにその日のポスターが貼ってありますね」
長門「文京公会堂でね。大滝さんのバックコーラスをやって、それでシュガー・ベイブがデビューした。何かあのときのこと憶えてる?」
村松「あんな体験は初めてだからいろいろ憶えてるよ。練習はほとんど大滝さんの家でやって、ゲネリハはヤマハのスタジオだったかなぁ」
長門「当日は朝から雨が降ってたよね」
村松「いっぱい人がいたねえ」
長門「楽屋にいろいろなバンドがいてね。はっぴいえんど各メンバーたちのこれからの活動のお披露目でもあったから、ココナツ・バンクとシュガーをバックにした大滝さんやキャラメル・ママ、松本隆とムーンライダース。それと南佳孝や吉田美奈子もデビューの日だったの」
谷口「新人たちのお披露目でもあったと」
長門「でもそのとき大滝さんのライブを観たお客さんたちはシュガーベイブをコーラスグループだと思っちゃったんだよね。それがちょっと悔しかったというのもあって、同じ年の12月17日にデビューコンサートを行うことになったの。レコードも出してないのに」