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ネットなき時代、長門芳郎の音楽に対する情熱と行動力

長門「シュガー・ベイブ解散が1976年で、パイドのオープンが1975年の11月。解散したあとも山下くん、ター坊、村松くんはしょっちゅうレコード買いに来てくれたよね」

村松「だって品揃えがズルいんだもん。パイドはスピーカーがまた外国製のやつで、独特の音がしてカッコよく聴こえるんだよ。それにさ、こっちの好きな音楽を知ってるわけじゃん。店に行くと好きそうな曲ばかりかけるのよ(笑)」

長門「たくさん買ってくれたよね(笑)。村松くんは買ったレコードと日付、どこで買ったかを大学ノートに付けてたんだよね」

村松「そのノートはいまもどこかに残ってると思うよ」

長門「これはパイドで買ったとか、ディスクロードで買ったとか細かく書いてあって」

村松「ディスクロードってどこだっけ?」

長門「新宿にあったじゃん。当時は山下くんや小宮たちと中古レコード屋巡りもしたなぁ」

村松「僕は参加したことないな、それ」

長門「そうだっけ。店が見えてくるとみんな小走りになるんだよね」

谷口「気持ちはわかりますよ、みんな好きな音楽が被ってるんだから(笑)。やっぱり村松さんたちにとって当時から長門さんは〈むちゃくちゃ音楽に詳しい人〉だったんですか?」

村松「詳しいのもあるけど音楽に対する情熱がすごくてね。アメリカまで行って色々なアーティストを口説いて、〈日本でレコードやCD出せませんか〉とか、〈埋もれていた作品を再発しませんか〉とか、直接話をつけに行くじゃない。その情熱と行動力はやっぱりすごいなと思う」

長門「いまはほら、ネットですぐ連絡取れたりSNSで友だちになったり出来るけど、あの頃はないから。手紙を書くしかないの。そのあとも電話で話すか会いに行くしかない」

谷口「音楽を作るのとはまた別の情熱を持っている人が近くにいるのは、いいモチベーションになるんじゃないですか。僕の周りにも何人かいますけど、やっぱり全然違うパワーをくれるので、長門さんはそういう存在なんじゃないかなと」

長門「僕のことはいいの」

谷口「ちょっと、せっかく褒めたのに(笑)」

 

生きてるうちは〈伝説〉にしないで

長門「(観客に向かって)こんなトークでいいんでしょうか(笑)? 谷口くんは何か村松くんに聞きたいことはない?」

谷口「やっぱり長門さんがどういう存在だったのかなというのは知りたいですね」

長門「僕のことはいいよ(笑)」

村松「たまには聞かれる立場もいいじゃない」

長門「最近よく聞かれるんだよ(笑)。そんなときは決まってパイドが〈伝説のレコードショップ〉とか言われるんだけど、僕が生きてるうちは伝説にしないでよって思う(笑)」

谷口「まだやってるよと」

長門「この間、とある民放ラジオに出演したときも〈伝説の~〉って紹介されたんだけど、当時のパイドは実際は火の車だったんだよって話したの。閉店でレジの清算するときに〈ハァ〉って溜息ばかりで……」

北爪「まさに〈ためいきばかり〉じゃないですか(笑)」

長門「でも本当に仕入れどうしようかとか厳しい現実だったの。それを救ってくれたのが常連のみなさん。シュガーやムーンライダーズの連中とか、みんな沢山買ってくれたから」

村松「行ったら必ず紙袋2つ以上持って帰ってたからね。それで持ちきれないときは送って貰うの」

長門「いつだったか、モータウン・レーベルのLPが毎月10枚ずつくらい、全部で100枚くらい再発したことがあって」

村松「うん、出たね。それで大貫さんと山下くんと僕で全部買ったんだよ」

長門「あれはたしかター坊の家に僕が自転車で運んだんじゃなかったかな、段ボールに入れて」

谷口「長門さんが配送サービスまでやってたのか(笑)」

長門「そういえば1986年かな、(吉田)美奈子の『BELLS』っていう自主制作CDがあって、美奈子の事務所とパイドだけで売ったの。で、ジャケットとブックレットを差し込むのを手作業で美奈子の家でやってね。売り切れるたびに家まで取りにいってたな」

村松「それはすごいね」

吉田美奈子 『BELLS』 Edition Gaspard(1986)