器楽からライブ・エレクトロニクスまで、また伝統的なものから空間配置など多彩な書法で作曲界を牽引してきた、フィリップ・マヌリを迎えて
ポスト・ブーレーズ世代の作曲家フィリップ・マヌリといえば、器楽とエレクトロニクスをリアルタイムで組み合わせる作風で知られている。ブーレーズが“レポン”などで進めたスタイルを発展させたのだ。
彼らがエレクトロニクスを使う理由は、従来の楽器による〈ナマ音〉の否定ではなく、それらの楽器のポテンシャルを拡張したいがためだった。20世紀の芸術には、色々なものに縛られず、もっと自由でありたい、そしてこれまで表現できなかったものまで表現したいというモチベーションがある。ブーレーズをはじめとした作曲家たちは、19世紀以前より続く楽器だけでは、自分たちが目指す表現は達成できない、といった飢餓感を覚えていたのではないか。
もっと豊かになりたい!という欲望を引き継いだマヌリ。いかに豊饒で、可能性に満ちた響きを引き出すために、器楽と電子音響を複雑に絡み合わせる作品を多く書いた。
しかし、豊かになりすぎると、飽和と過剰の時代が訪れる。マヌリより後の世代になると、サチュラシオン(飽和)楽派が台頭してくる。彼らは、あらゆる多種多様の音響を詰め込み、すばやく交代させ、全体が把握できないようなでっぷりと太った音楽を作った。
豊かさを求めて作曲してきたマヌリだったが、そこに行き着くことはなかった。たとえ太っていたとしても、骨格さえしっかりしていれば、その音楽の全体は保たれると考えたのだ。トッカータやパッサカリア、フーガといった様式を用いるようになる。伝統的なものが彼の作品のプロポーションを作り出したのだ。
そのマヌリが、今年の〈サントリーホール サマーフェスティバル〉のテーマ作曲家になった。彼をフィーチャーした2つの演奏会が行われる。
まずは、8月27日の室内楽ポートレート。この演奏会でも、エレクトロニクスを用いた作品が取り上げられる。“イッルド・エティアム”は、ソプラノとエレクトロニクスによる、リアルタイムのデュオ。歌手は魔女や異端審問官などさまざまな役を演じる。オペラ作曲家でもあったマヌリ。福島の原発事故をテーマに、また悪天候のため空港の待ち合い室に閉じ込められた乗客を描いたオペラなどを書いた。そんな持ち味が、この作品でも生かされているはずだ。
“ウェルプリペアド・ピアノ(第3ソナタ…)”では、弦にモノを挟むのではなく、エレクトロニクスの効果によって、ピアノをプリペアド・ピアノに変えてしまう。そして、マヌリがこの曲に託したのは、バッハが“平均律クラヴィーア曲集”を書いたとき感じたはずの〈平均律があれば、すべての調で演奏できる〉という自由さだ。マヌリ作品上でのバッハとケージの出会い!
器楽だけの作品も2曲。いずれも室内楽アンサンブルの常識に疑問を投げ掛ける作品だ。“六重奏の仮説”は奏者たちがそれぞれ別方向に動いていき、弦楽四重奏曲第4番“フラグメンティ”は、作品を構成する要素がやはり統一されず、〈断片〉的に進んでいく。
マヌリは、オーケストラにも新しい可能性を見いだしている。多様な音の組み合わせ、そして楽器の配置を工夫することで、これまで誰も聴いたことのない〈豊かな〉音楽を導こうというのだ。
8月23日のオーケストラ・ポートレートでは、今回の委嘱作品、空間化された大オーケストラによる“プレザンス”が世界初演される。サントリーホールの空間を生かした作品であり、2つのグループがオーケストラから派生し独立していく過程が描かれるという。
この日は、マヌリが所属していたIRCAMでの先達と若手ホープの作品、ブーレーズの“ノタシオン”、フランチェスカ・ヴェルネッリの“チューン・アンド・リチューンII”も演奏される。そして、ドビュッシーが2曲。マヌリがオーケストレーションした“夢”と、“牧神の午後への前奏曲”だ。フランス音楽とういう文脈のなかで、マヌリが果たした役割がより明確になる演奏会になるのではないか。
フィリップ・マヌリ(Philippe Manoury)
作曲家。フランス南西部のチュール出身。楽器の音をコンピュータがリアルタイムに加工し発するライブ・エレクトロニクス音楽の現代における第一人者。あらゆる編成・形態に取り組み、近年はとりわけオーケストラ音楽の可能性を野心的に探究する。作品はデュラン・サラベール・エッシグから出版されている。
LIVE INFORMATION
サントリーホール サマーフェスティバル 2024
テーマ作曲家
フィリップ・マヌリ
オーケストラ・ポートレート(委嘱新作初演演奏会)
2024年8月23日(金)サントリーホール 大ホール
開場/開演:18:20/19:00
出演:ブラッド・ラブマン(指揮)/東京交響楽団
■曲目
ピエール・ブーレーズ:『ノタシオン』オーケストラのための(1978~2004)
フィリップ・マヌリ:『プレザンス』空間化された大オーケストラのための[サントリーホール委嘱]世界初演(2024)
クロード・ドビュッシー/フィリップ・マヌリ 編曲:『夢』(オーケストラ用編曲)(1883/2011)
フランチェスカ・ヴェルネッリ:『チューン・アンド・リチューンII』オーケストラのための(2019~20)
クロード・ドビュッシー:『牧神の午後への前奏曲』(1891~94)
作曲ワークショップ × トークセッション(日本語通訳付)
2024年8月26日(月)ブルーローズ 小ホール
開場/開演:18:20/19:00
第1部 フィリップ・マヌリ × 細川俊夫 トークセッション(日本語通訳付)
ゲスト:野平一郎
第2部 若手作曲家からの公募作品クリニック/実演付き
レクチャー:フィリップ・マヌリ/細川俊夫
室内楽ポートレート
2024年8月27日(火)ブルーローズ 小ホール
開場/開演:18:20/19:00
出演:タレイア・クァルテット(ストリング・クァルテット)/今井貴子(フルート)/田中香織(クラリネット)/西久保友広(マリンバ)/永野英樹(ピアノ)/松岡麻衣子(ヴァイオリン)/山澤 慧(チェロ)/溝淵加奈枝(ソプラノ)/今井慎太郎(エレクトロニクス)
■曲目
弦楽四重奏曲第4番「フラグメンティ」(2015)
『六重奏の仮説』6楽器のための(2011)
『イッルド・エティアム』ソプラノとリアルタイム・エレクトロニクスのための(2012)
『ウェルプリペアド・ピアノ(第3ソナタ…)』ピアノとライブ・エレクトロニクスのための(2020)
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2024/theme.html