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コラム

ヤニス・クセナキス(Iannis Xenakis)生誕100周年コンサート 立体音響を体験できるサントリーホール サマーフェスティバルの《ペルセファッサ》と《クラーネルグ》

EXOTIC GRAMMAR 81-2

©X-Salabert

生誕100周年コンサート 立体音響を体験できる《ペルセファッサ》と《クラーネルグ》

 ニュースで戦争の映像をよく見る昨今、青年時代、ギリシャで戦争を生きた1人の芸術家ヤニス・クセナキス (1922~2001年)のことを思う。彼は、砲弾や閃光による強烈な視聴覚体験を、稲妻や雷鳴、雹など激しい自然現象の視聴覚体験とともに記憶に刻みつけ、オーケストラの音の動きやクラスターに圧倒される《メタスタシス》(1953-54年作曲)や、ストロボやレーザーの光と音響による斬新なインスタレーション《ポリトープ》(1967-1985年/複数ある)など驚くべき作品を生み出した。鋭い感性で、新たな知覚の地平を開いたクセナキス。今年は彼の生誕100年を記念して、終の住処のフランス、故郷ギリシャをはじめ、世界各地で催しが行われている。

 その一環で、8月のサントリーホール サマーフェスティバルでも、「クセナキス100%」と題したコンサートが開かれる。今回、クラングフォルム・ウィーンが取り上げるのは、ほぼ同じ時期に作曲された《ペルセファッサ》(1969年)と《クラーネルグ》(1969年)。

 ル・コルビュジェのもと、建築にも携わったクセナキスは、大規模なインスタレーションの建築・空間デザインだけではなく、60年代の脂ののった時期、空間性を用いた音楽作品も手掛けた。金管奏者が舞台上を移動する《エオンタ》(1963年)、聴衆のなかにオーケストラ奏者が配置される《テレテクトール》(1965-66年)と《ノモス・ガンマ》(1967-68年)。そのすぐ後、作られたのが《ペルセファッサ》である(どれも傑作!)。

 聴衆が大音響に取り囲まれる体験、あるいは奏者の周りを歩き回ったり、楽器のすぐ近くで聴いたりして同じ曲をちがうパースペクティブで聴く、そして楽器のエネルギーを直に感じる体験をするというのが、シュトックハウゼンやブーレーズらともちがう、クセナキス独自のアプローチである。もちろん、まだスピーカーによるサラウンドシステムも発展していない時代だった。ただ実際問題として、通常のホールで実現させることがむずかしいため、今回のように作曲家の意図に近い形で、奏者やスピーカーを配置して聴ける機会は貴重であると言えよう。

 《ペルセファッサ》では、6人の打楽器奏者が、ぐるりと聴衆を取り囲んで演奏する。初演は、イランのペルセポリスの遺跡を会場とする野外フェスティバルで行われた。クセナキスは、「間違えて25世紀遅く生まれてきてしまった」というくらい、古代ギリシャの世界をこよなく愛し、多くの作品のインスピレーションを得ている。舞台が古代遺跡であるのに加えて、タイトル《ペルセファッサ》も、「自然の再生を司る春の女神」ギリシャ神話の女神ペルセポネ(ペルセフォネ)の古い呼び方の1つであるとのこと。冥界から戻り、死と生をつなぎ、自然を芽吹かせる女神が、古代と現代をもつなぐのかもしれない。

 30分近い楽曲は、楽章のような区切れはないが、3つの部分に分けられる。数学も専門領域であるクセナキスは、確率論や黄金比、集合や群論などの数学理論を用いて作曲を行なったことでも知られる。この作品でも「ふるい」と呼ばれる理論によって、リズムパターンの配列が決められている。

 1つ目のセクションでは、主にトムトム、ティンパニによる、躍動感あふれる、4拍子の規則的な拍動感にそったリズムから始まり、少しずつ、3連符や5連符などをまじえて複雑になっていく。2つ目のセクションでは、休符ではない「沈黙」(クセナキス は「絶対的な沈黙」と指示している)がよく使われる。また、各奏者が徐々にちがうテンポで演奏し、絶妙なずれを作り出す。その後、ギリシャ正教の修道院で使われるセマントロンをカスタマイズした、金属製と木製の「シマントラ」が入ってきて、儀式的な雰囲気を醸し出す。口でふくサイレン、タムタム、シンバル、マラカスなどもにぎやかに加わった後、3つ目のセクションでは、音が聴衆の周りをひたすら旋回し続けるように演奏される。どんどんテンポが速くなり、旋回の方向を変えたり、3人ずつ2グループに分かれ同時に2方向に旋回したりする様は圧巻! 最後は15秒ほどのすべての楽器による絢爛な「厚い雲」で終わる。

 クセナキスは、木の板と金属のチューブでできたシマントラなど、「自然」の音素材にこだわった。たとえば、トムトムとティンパニなど太鼓の楽器の音としてではなく、「皮の音」「真の具体的な音」を出すようにも指示をしたという。鮮やかな立体音響ももちろんだが、クセナキス独自のチョイスの音の響きそのものも聴きどころである。

 なお、クセナキスに作曲を依頼し、初演を行なったストラスブール・パーカッション・グループは、初演後の録音(1972年)に加えて、今年クセナキス生誕100周年とアンサンブル創立60周年を祝って《ペルセファッサ》と《プレイアデス》の新しい録音(2021年)をリリースしている。

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