CD直撃世代のミュージシャン/ライターであるKotetsu Shoichiroがその魅力を伝える連載〈CD再生委員会〉。リバイバル云々が喧伝される今こそ一旦冷静になって振り返っておきたいのが、CDの歴史です。そこで今回は、CDが生まれるまでの歴史的背景から、輝く小さな円盤がレコードに慣れ親しんだ人々へどのようにして普及したのかまでを解説しました。 *Mikiki編集部
CDの過去から未来が見える
ご無沙汰しております、CD再生委員会でございます。CD再生していますか? 夏休み気分が抜けず更新が滞っておりましたが、回り続けるCDのように、日は昇り、沈み、また昇り、流れるように時は過ぎ、もう秋のかほりがそこかしこに漂っております。プ~ン。
秋はセンチメンタル、追想の季節。我々はCDの未来を見つめる委員会ではありますが、今回はCDというメディアの出生から成長期まで、そのヒストリーをお勉強してみたいと思います。歴史は未来に進むためのバックミラー(RIP松岡正剛)。CDの過去を振り返ることで、CDの未来への道が見えてこようというもの。あっ、そこのツルハドラッグの手前で右に曲がって下さい。
CD前夜、音楽産業の危機とデジタル化
さてCDが生まれた1970年代末~1980年代初頭と言えばパンクの爆発的な流行とニューウェイブ旋風、シンセサイザーやドラムマシンの登場、ヒップホップの萌芽と、音楽マニアとしてはワクワクするトピックが豊富な時代ですが、音楽産業という点では先の見えない時代でもありました。1978年をピークにレコードの売り上げは減少傾向にあり、エルヴィス・プレスリーやビートルズ級のスターも長く不在とあって、レコードビジネスは1980年代にどんどん退潮していくのでは?という懸念が業界にはありました。CD登場前夜は、そんな危機的状況でもあったのですね。
また、1968年には業務用デジタルオーディオテープレコーダが完成し、1970年代前半には商業音楽のデジタルレコーディングが各国で次々と行われ始め(日本では1973年1月19日、美空ひばりのコンサートの録音が最初とされている)、音楽業界にもデジタル化の波が到来。アナログのマスターテープに起因する歪み、テープ雑音、音の揺らぎといった、アナログ録音の技術的限界がこれによって解決され、となれば次にデジタル化されるべきは再生環境でありソフトであり――レコードやカセットよりも更にいい音で音楽が楽しめる、しかも手軽に……そんなデジタルの新メディアが求められるようになります。これがCDとして結実していく訳ですね。
フィリップスとソニーによる新媒体の開発
CDの開発を手掛けるためにパートナーシップを結んだのが、フィリップスとソニーという2つの大企業。フィリップスはオランダの電子機器メーカーで、ポリグラム(1998年にユニバーサルに吸収される以前はマーキュリー・レコードやモータウン、デフ・ジャムも買収した)を傘下に持ち、ソニーは言わずもがなの電機メーカーでCBSレコードと提携。日欧それぞれ最大級のレコード会社を持つ2社にとって、音楽産業を刷新するような、レコードやカセットに代わる新たなメディアの開発は喫緊の課題でした。
ちなみにCDの開発に大きく携わり、後に〈CDの父〉と呼ばれたソニーの技術者である中島平太郎は、前述の1968年開発の業務用デジタルオーディオレコーダーの開発者。ソニーはデジタル録音技術の有識者を抱えていた、ということですね。
日本とオランダ――東京とアイントホーヘン(フィリップスの本拠地があるオランダ南部の都市)、2つの拠点でそれぞれCDの研究開発~規格化を巡る交渉と会議が1979年から1980年にかけて行われます。