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CHICAGO 『Chicago Transit Authority』 Columbia/Rhino/ワーナー(1969)

作品ナンバー〈1〉にあたるシカゴ・トランジット・オーソリティ名義でのデビュー・アルバム。アルバムの大作志向が強まっていた当時の風潮もあってかいきなりLP2枚組で、ロバート・ラムとテリー・キャス、ピーター・セテラがヴォーカルを分け合っている。なかでもラムは“Questions 67 And 68”を筆頭に作曲面でも核を担い、メッセージ色の強いブラス・ロックというバンド・スタイルを確立した。次作のブレイク後に“Does Anybody Really Know What Time It Is?”と“Beginnings”がヒット。

 

CHICAGO 『Chicago II』 Columbia/Rhino/ワーナー(1970)

バンド名をシカゴに改めて臨んだ2作目にして、全米4位まで上昇して彼らの名を広く知らしめた出世作。ジェイムズ・パンコウ作でキャスの歌うダイナミックな“Make Me Smile”が初のTOP10ヒットとなったほか、セテラがリード歌唱するラム作の“25 Or 6 To 4”は全米4位に輝いて彼らのイメージを象徴する代表曲となった。引き続きLP2枚組の尺でジャズ・ロック的なバンド・サウンドのスケールを拡大し、パンコウ主導の組曲も圧巻だ。セテラが初めて書いて歌った“Where Do We Go from Here?”も収録。

 

CHICAGO 『Chicago III』 Columbia/Rhino/ワーナー(1971)

このサード・アルバムから作品のナンバリングが正式に開始。またまたLP2枚組で、B~D面それぞれに配置された組曲も含めてカントリーやフォーク、即興演奏によるインスト、ミュージック・コンクレート的な実験曲も試行され、幅広いアレンジがバランス良く収まっている。キャス作のファンキーで威勢のいい“Free”、セテラとダニー・セラフィンが共作した“Lowdown”がシングル・ヒットし、アルバムも全米2位を記録。ボロボロの星条旗をあしらったジャケはベトナム戦争中という時代背景を窺わせる。

 

CHICAGO 『Chicago V』 Columbia/Rhino/ワーナー(1972)

〈4〉にあたるLP4枚組のライヴ盤『Chicago At Carnegie Hall』(71年)を経て、通算5作目にして初めて1LP仕様となったアルバム。必然的にソング・オリエンテッドで簡潔な楽曲な集まった明快な作りも奏功してか、初の全米No.1を記録した。ソウル寄りの“All Is Well”やジャジーに洗練された“Goodbye”など10曲中8曲がラム主導で書かれている。なかでも全米3位のヒットとなった“Saturday In The Park”は現在も広く親しまれる代表曲だろう。キャスとセテラの掛け合う2部構成の“Dialogue”も聴きもの。

 

CHICAGO 『Chicago VI』 Columbia/Rhino/ワーナー(1973)

プロデューサーのガルシオがコロラドに設立し、以降の拠点となるカリブー・スタジオで初録音された6作目で、前作同様に全米1位を記録。ラムも半数の曲を書き上げているが、徐々にテンポを上げる展開がアンセミックな“Feelin’ Stronger Every Day”とソフト路線の“Just You ‘N’ Me”というセテラの歌った2つのTOP10シングルがパンコウの作である点からも、このバンドのソングライター集団としての層の厚さが感じられる。この後に正式加入するラウジール・ジ・オリヴェイラ(パーカッション)が演奏に初参加。

 

CHICAGO 『Chicago VII 』 Columbia/Rhino/ワーナー(1974)

ツアーを通じて再燃したインスト演奏への欲求と、方向転換へのリスク管理も踏まえてLP2枚組に膨れ上がった7作目。B面の途中までジャズを基調にしたインスト曲が続く大胆な構成で、担当楽器がいつもと違ったり、初めてメンバー全員がそれぞれ作曲にタッチした野心作でもある。リー・ロックネインが初めて作曲した“Call On Me”が全米6位のヒット。ビーチ・ボーイズの面々がコーラスで参加したクリアなバラード“Wishing You Were Here”はセテラの歌い口が80年代の姿を予見させる。全米1位を獲得。

 

CHICAGO 『Chicago VIII』 Columbia/Rhino/ワーナー(1975)

オリヴェイラの正式加入によってバンド創設以来の7人編成から8人編成へと発展し、4作連続となる全米チャート首位をマークした8作目。ラム作/歌唱の人懐っこい“Harry Truman”など多彩なアレンジが用意されつつ、パンコウ作のヒット・シングル“Old Days”やギター主導の“Hideaway”のように全体的にはロック色に揺り戻したアグレッシヴな雰囲気の曲が目立つ。パンコウの作ではキャスとセテラがリードを分け合ったジャズ・バラード“Brand New Love Affair, Part I & II”も出色だ。

 

CHICAGO 『Chicago X』 Columbia/Rhino/ワーナー(1976)

ベスト盤『Chicago IX: Chicago’s Greatest Hits』(75年)を間に挿んでリフレッシュした通算10作目。セテラ作/歌唱のラヴ・バラードで初の全米No.1シングルとなった“If You Leave Me Now”で知られるように、洗練されたポップセンスを凝縮したような内容になっている。一方、ラム作で軽やかなカリブ作法の“Another Rainy Day In New York City”や、パンコウが初めてリード歌唱したサンバ風味の“You Are On My Mind”、全員でチャント的に声を上げる賑やかな“You Get It Up”などの新味も楽しい。

 

CHICAGO 『Chicago XI』 Columbia/Rhino/ワーナー(1977)

翌年に不慮の事故で他界するキャスの遺作となった通算11作目。そのキャスは冒頭から“Mississippi Delta City Blues”を披露し、ラムもロックネインもパンコウも自作曲を自分で歌唱するなど、全体的にちょっとした〈ホワイト・アルバム〉感もある。セラフィンはルーファスのホーク・ウォリンスキーと3曲を書き、そのうち“Take Me Back To Chicago”にはチャカ・カーンがゲスト参加。構成的に珍しくセテラが1曲しか歌っていないが、そのバラード“Baby, What A Big Surprise”が全米4位のヒットを記録した。

 

CHICAGO 『Hot Streets』 Columbia/Rhino/ワーナー(1978)

この時代らしいノーマン・シーフ撮影のジャケも、数字のないアルバム名も変化への意識は明らかだろう。キャスの後任にドニー・デイカス(ギター/ヴォーカル)が加入し、搾取を理由に後見人のガルシオを解雇してフィル・ラモーンにプロデューサーが交代するなど、大きな転機に生まれた通算12枚目。ビー・ジーズとの仕事に触発されたラム作のファンキーな“Alive Again”をはじめ、ディスコ時代の空気を吸収した小気味良いアレンジが際立っている。“Little Miss Lovin’”にはそのビー・ジーズも参加。