比較とは無縁の新体制
そうした新たな血の導入を経ながら完成された『From Zero』は、まさに奇跡的なアルバムと呼ぶに相応しい一枚だ。もはや存続不能と目されていたバンドが蘇生を果たしたという意味においてのみならず、作品自体があり得ないほど画期的なのだ。歴史を遡ればわかるように、彼らのディスコグラフィに同じようなアルバムはふたつと存在しない。そして今作も当然ながら従来の7作品とは明らかに異なるものでありながら、一聴してリンキン・パークだとわかるものになっているのだ。言い換えれば、瑞々しい新鮮さと、長年親しんできた作品のような愛着深さが同時に感じられるのだ。
かつての彼らには、デビュー早々に定着したニューメタル/ミクスチャーの代表選手とでもいったイメージを覆すことに躍起になっていた部分も少なからずあったように思う。ただ、彼らはそれによって独自性を崩壊させるのではなく、自らの表現領域拡大を重ねてきた。それこそヘヴィーなギターやラップが不在でも自分たちならではの音楽として打ち出すことができる手腕を身につけてきたのだ。そこで興味深いのは、今作の中に初期のスタイルが今日的に更新されたかのような傾向の楽曲も見受けられる事実だ。これはまさにゼロ地点に立ち返ったことの成果といえるだろうし〈一周回って新しい〉といった感触にも繋がっている。アルバム全編を通じて32分にも満たないコンパクトさ、次から次へと畳み掛けるように楽曲が入れ替わっていくスピード感満点の作風には、それこそ先頃リリース20周年を迎えた『Meteora』にも重なるところがある。
変化という意味においては、新ヴォーカリストが女性であるという点も無視するわけにいかない。チェスター・ベニントンのような唯一無二の存在の後を引き継ぐ誰かが加わるとなれば、そこに注目が集まるのは当然であり、受け手側は両者を比較することで答えを探ることになる。それがわかっているからこそ、バンド側はあらかじめ〈あからさまな違い〉を打ち出そうとしたのではないだろうか。そして、従来との差異を誰の目にも明らかな形で打ち出すうえで女性であるサラの起用が有効だったことは、去る9月5日に今作の中からいち早く先行公開された“The Emptiness Machine”に対する反響の多くが、比較論とは無縁のポジティヴな声だったことが証明していたように思う。