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オノセイゲン

マスタリングとはCDやレコードなど媒体のスペックに合わせる〈色校正〉

――マスタリングとは何でしょうか。

「主に英国で言うカッティングと米国で言うマスタリングは同じ意味で使われます。そもそもレコードのカッティングは前述した問題を解決するためのものです。針飛びもなく、狙い通りのかっこいい音量で鳴ってくれるレコードが〈いい音のアナログレコード〉で、CDでも音質や音量、音圧(ドライブレベル)を最適に調節して〈いい音のCD〉が仕上がります。

仮にモニタースピーカーの低域が過剰に出ている録音スタジオでミックスバランスをとったとすると、その時テープに記録されている音は、家や車で聴いたらベースやキックが小さくなっていることでしょう。アルバムのA面がニューヨークのスタジオ、B面はLAで録音したとすると、そのようなことは簡単に起こりますから、曲ごとに、低域まで正確にモニターできるマスタリングルームでマスタリング(音質調整)作業が必要になるのです。あるいは、エンジニアやプロデューサーがそもそも異なる曲たちを1枚のアルバムにスムーズにまとめるコンピレーションの場合にもマスタリング工程が必須です。

同じ一枚の写真のネガやポジから、CDジャケット、LPジャケット、スマホで見るSNS用の画像、雑誌の表紙、駅貼りの大型ポスター、フライヤーとメディアや紙質に合わせて色校正しますよね。CDやレコードなどメディアの音のスペックに合わせた色校正にあたるのがマスタリングです。SACDなら渋谷のタワーレコード外壁全面の巨大なポスターみたいなものです」

 

ルディ・ヴァン・ゲルダーは音楽家の魂に触れられる近さで録音した

――ルディ・ヴァン・ゲルダーの録音はいかがでしょう。

「誰もが納得の、これぞジャズ録音のお手本のひとつです。目の前で演奏されている音、というよりさらに楽器に近接した音です。ヴァン・ゲルダー自身のスタジオではミュージシャンが変わっても定番のマイキングがなされます。ライブ録音でも最前列よりさらに前と言いますか、ステージのミュージシャンの楽器に近接したマイクのバランスをとるとこうなります。

対照的に、クラシックの名盤ならリスナーはスピーカーの向こう側にコンサートホールの奥行きがパノラマのように見える、まるでSS席に座ったかのような仕上がりを目指します。響きも含めてバランスのいい位置にマイクを吊るワンポイント録音や、それぞれの楽器のダイレクト音と響きも含めてひとつの音色とするために、オフマイク、アンビエンスをミックスして仕上げるのが多いのに対して、ヴァン・ゲルダーのジャズ録音はリバーブもかけますし、近接マイク重視なのです。マイクをミュージシャンの近くへ、ミュージシャンが手に持った楽器の近くへ。なんだったらジョン・コルトレーンのテナーの筒の中へ。それは物理的には無理ですが(笑)。

これらのSACD名盤は少し大きめの音で〈いいスピーカーで聴いた時〉に、リスナーは、それが録音であることを忘れてミュージシャンの魂の中に引き込まれる体験ができることをゴールとしています。コルトレーンの魂にまで触れられる近さで録音したのがルディ・ヴァン・ゲルダーの録音と言えるのではないでしょうか」