恐怖を経て、己を知る
『The Human Fear』という作品のキャラクターを明確にしたのは、2曲目の“Everydaydreamer”だという。アレックスが「独特のベースラインが道標になった」と語るこの曲は、ゴシック・ロックからパンクまで6~7つのアレンジを経て、現在のディスコ・ポップ調に着地。他の曲も、メンバー間での活発なキャッチボールのもと劇的に変化していった。
「“The Doctor”もそうだね。もともとドノヴァンっぽいアコースティックなサウンドだったのに、ジュリアンがエルカのSynthexを加えたことで、ワイルドでダイレクトな曲になった。すごく即興的に、お互いにアイデアを叫び合いながら、アレンジを加えていったんだ」。
バロック・グラムとでも呼べそうな“Audacious”、アレックスがパリのアパートで演奏/録音した即興のピアノがそのまま使われた“Tell Me I Should Stay”など、オーケストラを迎えた楽曲も新機軸。さらに、“Black Eyelashes”では、ギリシャ音楽の導入に挑んだ。
「僕の父親はギリシャ人なんだけど、僕自身はスコットランド人。それゆえ、いまだにギリシャ人としてのアイデンティティーを探し求めているんだ。曲名はギリシャの芸術や音楽にしばしば登場する〈黒い睫毛〉というモチーフから取った。つまりメタファーだね」。
〈人間ならではの恐怖〉を意味するタイトルは、アレックスいわく、〈(2019年に亡くなったフィリップ・スダールと制作した)『Always Ascending』(2018年)で探求したエレクトロ・サウンドの完成形〉だという“Hooked”の歌詞から。〈恐れを抱いた でも大丈夫 誰もが人間らしい恐れを抱いているのだから)というフレーズに映る真理が本作を貫いている。
「すべてを完成させたあと、僕は恐怖に対する回答を探していたんだと気付いた。たとえば“Black Eyelashes”はルーツに属せない恐れ、“The Doctor”は安心できる場所から離脱することへの恐れ、“Bar Lonely”は関係を終わらせることへの恐れ、逆に“Night Or Day”は関係を築くことへの恐れ……それらは、僕たちが人生を通して直面するものでもある」。
さらにアレックスは続ける――でも、そういう恐れこそが人生に幸福を与えるんだ――と。
「恐れには常にそれを克服する過程が存在するだろ? 人生のなかで最高の体験を掴むためには、恐怖を乗り越える必要がある。誰かを初デートに誘うときは、失敗する未来も覚悟しなければいけない。そうしてやっと、素晴らしい気分を味わうことができる。ジェットコースターに乗ったり、ホラー映画を観たりすることも同じかもね。つまり、恐怖は生命の持つポジティヴな感覚を再確認するために必要なんだ。それらにどう対応するかは個人個人で異なるから、恐怖は自分がどういう人間なのかを知る手段でもある。その事実が、『The Human Fear』の核心なんだと思うよ」。
フランツ・フェルディナンドの作品。
左から、2004年作『Franz Ferdinand』、2005年作『You Could Have It So Much Better』、2009年作『Tonight: Franz Ferdinand』、2013年作『Right Thoughts, Right Words, Right Action』、2018年作『Always Ascending』、2022年のベスト盤『Hits To The Head』(すべてDomino)