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インタビュー

フランツ・フェルディナンド(Franz Ferdinand)が全アルバムを自己採点!

ベスト盤『Hits To The Head』を機にキャリアを振り返る

Photo by David Edwards
 

スコットランド出身のギターロックバンド、フランツ・フェルディナンドが初のベスト盤『Hits To The Head』を2022年3月8日(火)にリリースする。2003年、ポストパンク/ニューウェイブがリバイバルしていた最中に華々しくデビューした彼らも、もはや20年選手。ダンサブルなサウンドとキラーなコーラスを備えたメロディーを最大の魅力に、これまでスパークスとのコラボを含む7作のアルバムを発表し、栄枯盛衰の音楽シーンを生き抜いてきた。

今回は『Hits To The Head』のリリースを控えた彼らのフロントマン、アレックス・カプラノスにインタビュー。フランツのアルバム全作を、みずから100点満点で採点してもらった。前述したフランツ流サウンドを常に保持しながら、アルバム毎に特徴的な挑戦をしてきた彼らが、過去の作品をどう評価するのか。アレックスならではの知的でユーモラスな語り口も含めて、楽しみながら読んでいただきたい。

『Hits To The Head』に収録された新曲“Billy Goodbye”

 


『Franz Ferdinand』(2004年)

FRANZ FERDINAND 『Franz Ferdinand』 Domino/ソニー(2004)

――今回はベスト盤のリリースを機に、これまでのアルバムすべてを自己採点してもらうという企画です。まず2004年のファーストアルバム『Franz Ferdinand』は?

「100点! 自分が作ったアルバムは、すべて100点に決まってるよ(笑)。どのアルバムも良いものを作ろうと努力した結果だから。いや待って。やっぱり95点だな(笑)。その5点が、その次、もしくは未来により良い何かを実現させる余白を作るからね(笑)。

当時の僕にとってはパーフェクトな作品だったけど、今の自分ならもっとベターな作品を作るような気がする。真面目な話、活動を続けるモチベーションをアーティストに与えてくれるのは、〈まだ自分にとってのマスターピースを作れていない〉という気持ちさ。だから95点なんだよ」

――2003年のデビューシングル“Darts Of Pleasure”はインディーシーンのアンセムになり、バンドを取り巻く状況はクレイジーなものになっていたのではと想像します。アルバムを出すまでの時期をどのように思い出せますか?

「あの時期は、バンドのサウンドの形が出来上がりはじめていた頃だった。5~10年くらい頭のなかにためていて、試したことのなかったアイデアを形にしていった時期だね。あのサウンドが出来上がるまでは、本当に試行錯誤してきた。でも出来上がったとき、このバンドでやっていきたい!と心から思えたんだ。制作時の記憶も結構残ってる。スウェーデンの豪華なスタジオに行って、感激したのをおぼえているよ」

2004年作『Franz Ferdinand』収録曲“Darts Of Pleasure”
 

――マルメにあるグラ・スタジオンですよね。このアルバムのプロデューサーは、カーディガンズの作品などで知られるスウェーデンのトーレ・ヨハンソンでした。彼を起用した狙いは?

「ヨーロッパっぽいサウンドが欲しかったんだ。自分たちはイギリスのバンドというよりヨーロッパのバンドだ、という感覚が強かったからね。いろんな意味で、スコットランドはイギリスよりもヨーロッパに近い部分が多いんだよ。それに、僕の家系はギリシャ系だし、ニック(・マッカーシー、ギター)もドイツ系。イギリスのバンドという感覚はあまりなかったし、もちろんアメリカっぽいサウンドも自分たちらしくはなかった。それで、僕はカーディガンズのサウンドが好きだったからトーレに頼むことにしたんだ。“Lovefool”(96年)や“My Favorite Game”(98年)みたいな曲には、一瞬で惹き込まれたからね。プロダクションが好きで、すごく新鮮に感じられた。彼のサウンドって、冷たいんだけどパワフルで、魅力があるんだよね」

――実際にトーレと制作してみていかがでしたか?

「実はスタジオでは彼とケンカになったんだ(笑)。彼は、たくさんの質感が混ざったような音を求めていたんだけど、僕は逆に質素なサウンドを求めていた。彼が良いと思っていたサウンドを僕も気に入ったから結果オーライだったんだけど、一度口論をしたことで、トーレも僕たちも色々なアイデアに挑戦することになり、それはすごく良かったと思う。それが良いレコードを作り出したんだと思うね」

――結果的に、このアルバムは商業的にも評価的にも大成功を収めたわけですが、いま振り返ってみて、どんな点が多くの人を魅了したのだと思いますか?

「他のどの作品とも違う、という部分じゃないかな。新鮮なサウンドだったし、すごくエナジーがあった。あと、今考えてみると、どの曲もすごくキャッチーだったと思う。バンドのロックやパンクっぽい要素にトーレの滑らかなプロダクションのスキルが合わさり、誰にとっても興味深いレコードが出来上がったんじゃないかな」

――このアルバムきってのバンガーといえばやはり“Take Me Out”だと思います。バースからコーラスにかけての唐突なリズムチェンジなどフックの多い曲ですが、どうやって出来たのでしょうか?

「あの曲のメインの部分は、グラズゴーの僕の家でニックと一緒に書いたんだ。インスピレーションとなったのはその前日に観た映画『スターリングラード』(2001年)だった。第二次世界大戦中のスターリングラードにいるロシアとドイツそれぞれのスナイパー2人の話で、劇中ではお互い向こうが先に動くのを待っているんだ。

僕たちは、それにロマンティックなシチュエーションを重ねたんだ。お互い好意を持っているんだけど自分からアクションを起こせず、先に向こうが動くのを待っている。ただ、ニックと作ったものをバンドに持っていったときは、上手くいかなかった。バースとコーラスのスピードが合わなくてね。だから、バースを最初に持ってきて、コーラスに向けてスロウダウンしていったんだ。それが、皆の知る“Take Me Out”になったんだよ」

2004年作『Franz Ferdinand』収録曲“Take Me Out”
 

――ちなみに当時、あなたたちが自分たちに課していた〈Make Music For Girls To Dance=女の子が踊るための音楽を作る〉というテーマは、当時の音楽シーンへのアンチテーゼでもあったのでしょうか?

「その通り。冗談で言った言葉だったんだけど、真実でもあった。当時僕たちがいたUKバンドシーンは、すごく〈男らしさ〉が強調されていたからね。でも、僕らの初めてのギグは、友人のアートショーのオープニングパーティーで、そのショーのアーティストはすべて女性だったし、オーディエンスのほとんどが女性だった。そこでやってみるとすごく楽しかったんだ。それから、自分たちのなかのフェミニンな部分に訴えかけるような音楽を作りたいと思うようになった。

あと、皆が踊れるような音楽を作りたいと思っていた。当時のUKシーンは、ブリットポップとかポストロックに支配されすぎていたから。僕らももちろんそういう音楽は好きだったけど、それとは違うダンスできる曲を作ろうとしたんだ」

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