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手元にあるアルゾの未発表音源の行方

関口「そういう事情があるのならば、〈ロック名盤コレクション〉ではなく新しい冠でパイドパイパーハウスにちなんだシリーズにしたいというのがあって。それで〈パイド・パイパー・デイズ〉と銘打ってアルゾが第1弾になったんですよ」

長門「そう。それで翌年の2004年、アルゾの未発表音源もあるということで、それも交渉してもらって日本でアルバムを出すことになったんです」

ALZO 『Takin’ So Long』 ソニー(2004)

関口「マスター音源がよく見つかりましたよね」

長門「彼はそのリリースも喜んでくれましたね。それで1月に本人にライナーを頼んだんだけど、2月になって病気で急逝してしまって……。奥さんから連絡があって『いま棺に入って隣りにいるの』って……ハァ(深い溜息)」

北爪「長門さんが関わった再発の中でも最もドラマチックな話ですね。そういえばアルゾは新譜を出すという計画はなかったんですか?」

長門「新譜の話はなかったけど、セカンドアルバム以外にもまだ未発表の音源があるんですよ。じつは20曲くらい入ったCD-Rも持っています。マイク・マニエリとかが参加して途中まで作っている曲もあればデモ段階のものもあるんですが、いつかリリース出来たらなとは思っていますが……」

関口「そのためには権利がどこにあるかを確認しなければならないんですよね」

長門「当時どこかのレーベルで作りかけて頓挫したものとかだと思うんですが、権利者を探すとなると弁護士も必要になるし」

関口「リリースを前提にスタジオを借りていたりすると、おそらくレーベルがお金を出していると思うので。そういうことが今となってはどこまで分かるのかですよね……」

 

世界初CD化を実現するための並々ならぬ努力

長門「アルゾ以外の〈パイド・パイパー・デイズ〉のシリーズではデヴィッド・キャシディも話題になりましたね。キャシディのファンは世界中にいるから、Amazonのレビューでも海外から〈感謝してます〉みたいなコメントがたくさん来てね」

関口「デヴィッド・キャシディも全て世界初CD化でしたからね」

DAVID CASSIDY 『The Higher They Climb』 RCA(1975)

長門「アリー・ウィリスの『Childstar』も印象深くて、本人と直接手紙のやり取りをしてリリースできたんです。アリーもすごく喜んでくれてライブのときに〈日本でCDが出たの〉って紹介してくれたり」

ALLEE WILLIS 『Childstar』 Epic(1974)

北爪「本人と直接コンタクトを取るそのバイタリティーがすごいですよ」

長門「でも本当はそれ以上に関口さんが大変なんです」

関口「いえいえ」

長門「僕は出したいものをリストにしているだけだし、コンピレーションも好きな曲を選んでいるだけですから(笑)。その中には世界初CD化の音源もたくさんあったので、それを関口さんが全てアメリカにリクエストしてくれてね」

北爪「長門さんから〈この曲を再発したい〉と依頼があったとき、関口さんはどういう動きをするのでしょう?」

関口「まずその権利関係を確認しなきゃならないので、ワールドワイドのデータベースを使って調べます。それで使用希望の申請を出すんですけど、世界初CD化だったりするとそもそもデータがない。そうなると登録から始めなければならないんです。リリース当時のレコード番号とかレコード自体の写真とか、わかる限りの情報をレーベルに送って権利関係を確認したのちに初めてデータ登録されるんですよ。それをシステムで正式に申請するんです」

長門「たった一つの国の再発のためだけに古いデータを調べなきゃならないわけですから」

関口「だから粘り強く交渉しなければならなくて。少しでも放置しておくと先方も放置しっぱなしなので(笑)」

長門「そうやって音楽に愛情を持って接してくれる関口さんみたいな人がいてくれるから成り立っているんですよね」

関口「世界初CD化の場合だとレーベルにデジタルのマスターがないので、本国のアナログの倉庫から探してもらって、それを向こうのスタジオでデジタル化してハイレゾのデータにしたものを回線で日本に送ってもらう、この作業を毎回していました。パイド関連のアイテムは初CD化ばかりだったので、あちらのアーカイブスのスタッフたちが本当によく探してくれましたね。ときには権利関係を確認して楽曲の許諾は下りたものの、いざマスターテープを探してもらうと無いみたいなこともありましたけど」

長門「向こうのレーベルはアーティストの写真なんかも探してくれたのですが、一番感動したのはケニー・ランキン。『Kenny Rankin Columbia US Singles 1963-1966』を出そうとしていたとき、見たこともない初出のポートレイトを色々送ってきてくれて」

関口「あれは驚きましたね。そもそもケニー・ランキンの楽曲は以前CD化しようとしたときに権利がないって言われたので諦めてたんですよ。その後『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズ』を制作していたとき、ダメ元で1曲だけ申請したら許諾が下りたんですよ。これはもしかしたら他の楽曲も権利あるんじゃないの?と思って、もう一度データのないものを一から登録してもらったらコロンビアで出した全シングルの許諾が取れたんです」

KENNY RANKIN 『Kenny Rankin Columbia US Singles 1963-1966』 Columbia/ソニー(2017)

長門「しかもイタリア語バージョンやドイツ語バージョンまでOKでしたからね」

北爪「最初に許諾が下りなかったのはなぜなのでしょう?」

関口「たぶん契約書が見つからないとかですかね。契約の担当者も〈ちょっと調べてもわからないからいいや〉って人もいれば〈ちゃんと探してやろう〉って人もいるので(笑)」