灼熱の陽光が降り注ぐある夏の日。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。
【今月のレポート盤】
KENNY RANKIN The Complete Columbia Singles 1963-1966: Kenny Rankin Columbia/ソニー(2018)
逗子 優「暑い~。穴守先輩がドライヴに誘ってくれたのはいいけど、部室集合は失敗だったね~」
八丁光夫「ホンマですわ。蒸し風呂よりもしんどいんちゃいますか?」
野比甚八「てやんでえ、心頭滅却すれば何とやら。麦茶でも飲みながらこの『The Complete Columbia Singles 1963-1966: Kenny Rankin』を聴いてりゃ、地獄も極楽でえ!」
逗子「いいね~! 涼しくなりそうだよ~」
八丁「昨年にアナログ限定でリリースされた『Columbia US Singles 1963-1966: Kenny Rankin』のCD版ですやん! 確かコロムビア時代のシングル5枚を集約したっちゅう」
逗子「そうそう、この頃の音源は激レアで、中古市場でも高額取引されているんだよね~。僕ら貧乏学生にとっては嬉しいリイシューだよ~」
野比「しかも今回のCD化に際し、ドイツ、フランス、イタリアで発表されたシングルとEP収録曲を追加することで、当時の公式音源がコンプリートされたっていう寸法ですぜ。さらに未発曲も2つ加えて、全22曲中20曲が世界初CD化っつうとんでもない代物!」
逗子「ケニー・ランキンというと髭モジャな見た目で、西海岸っぽいフォーキーなオーガニック・サウンドを奏でる人って印象だよね~」
八丁「もしくはマイケル・フランクスにも通じる洒脱なAORシンガーってイメージやけど、ここに収められた楽曲はまた違う雰囲気ですわ」
野比「確かに確かに。そもそもランキンは典型的なブリル・ビルディング系のイタロ・アメリカン・ポップス歌手として57年にデビューするも、泣かず飛ばず。で、60年代初頭にジョアン・ジルベルトを聴いて衝撃を受け、以降はギター弾き語りのスタイルでグリニッジ・ヴィレッジを中心に活動していくんでさあ」
逗子「このコンピの序盤にどことなくティーン・ポップっぽいイノセンスを感じるのは、そういう経歴のためかな~」
野比「何せ3枚目のシングルまではプロデュースや作曲、アレンジなど何かしらの形でディオンがバックアップしているんですぜ!」
八丁「NYのイタロ・アメリカン系アーティストの代表的な存在であるディオンは、同胞にもちゃんと目をかけていたんやなあ」
野比「そして注目すべきは65年の4枚目のシングル! A面の“In The Name Of Love”はフォークとジャズとソウルとブルースが渾然となったような内容で、B面の“Haven't We Met”はボサノヴァ風味のジャズ・ワルツ。このシングルからは音楽文化の先端だったグリニッジ・ヴィレッジの空気を色濃く感じますぜ!」
逗子「2つとも74年作『Silver Morning』でセルフ・リメイクした人気曲だけど、アレンジがだいぶ異なっているね~。高揚感のあるグルーヴィーな再演版に慣れ親しんできたから、この原曲のゆったり感は新鮮だし、心地良いな~」
野比「『Silver Morning』に当時の流行だったニュー・ソウルやラテン・ロックの影響が色濃く反映されているのは、何も70年代初頭に西海岸へ移住したことだけが理由じゃないと思いますぜ!」
八丁「ほんなら、ランキンは65年にせよ、74年にせよ、しっかり時代にアダプトした音作りを意識していたっちゅうことですやん」
野比「てやんでえ。それも自分なりのクロスオーヴァーなサウンドを常に探求しながらっていう点が痺れますぜ!」
逗子「なるほどね~。つまり時代の変化によって表面的な音楽性の違いは多少あるけど、本質自体は全然ブレてないってことだよね~」
八丁「そう思って改めて聴くと、本作には後のランキンに直結する要素がテンコ盛りやないですか!」
野比「いま頃そこに気付くとは……って、あちゃ~、ユウ先輩が茹ってやがるぜ!」
暑い部室で興奮しすぎたせいか、この後、3人とも軽い熱中症に陥ってドライヴは中止になったようですよ。音楽談義もほどほどに! 【つづく】