タワーレコード新宿店の最上10階で営業中の〈TOWER VINYL SHINJUKU〉。同店のレコメンド盤を紹介する連載が、この〈TOWER VINYL太鼓盤!〉です。
第16回は、2020年7月から期間限定でTOWER VINYL内にオープンしているパイドパイパーハウスを特集します。70~80年代、南青山にあった伝説のレコード・ショップ、パイドパイパーハウスは2016年にタワーレコード渋谷店で復活。以来、さまざまなイベントや展示、リリース企画で話題を呼んできました。
その〈新宿パイド〉の開店を記念し、店主である長門芳郎さんの監修で12月23日(水)にフィフス・アヴェニュー・バンド『The Fifth Avenue Band』、オハイオ・ノックス『Ohio Knox』、ピーター・ゴールウェイ『Peter Gallway』という〈三種の神器〉がタワーレコード限定のアナログ盤で再発されます(詳細はこちら)。これに向けて今回は、長門さんと、渋谷パイドの立ち上げや運営に関わっていた現TOWER VINYLスタッフの塩谷邦夫さんの対談を行いました。2人が語ってくださったのは、パイドパイパーハウスの4年間や今回の再発、そして2020年のパイドの推薦盤などなど。
なお、この記事の続編として、長門芳郎さんとミュージシャンの谷口雄さんの対談を収録しました。2人がフィフス・アヴェニュー・バンド、オハイオ・ノックス、ピーター・ゴールウェイについて語った記事は近日掲載予定ですので、どうぞお楽しみに。
渋谷パイドはレコード・ショップであり小さなミュージアム
――今年7月、パイドパイパーハウスがTOWER VINYL SHINJUKUにもオープンしました。これを機に、お2人にはパイドとタワーレコードの4年間を振り返っていただきましょう。
塩谷邦夫(TOWER VINYL)「2016年7月15日に渋谷店にパイドが復活してから、今年で4周年ですね。さらに、その前段階があって……」
長門芳郎(パイドパイパーハウス)「2015年の夏に横浜・赤レンガ倉庫で1か月半の間、パイドが復活したんです。売上もかなりよかったし、当時のお客さんたちが家族連れで来てくれることもあって、あれはうれしかったな」
――SNSで話題になったことをよく覚えています。
塩谷「僕はパイドに間に合わなかった世代なので(パイドパイパーハウスは89年に閉店)、聞きかじったことや想像でイメージを作り上げていたのですが、実際に復活したのはうれしかったです。その好評を受けて渋谷店にオープンすることになり、北爪啓之さんと僕が担当させていただくことになりました」
長門「塩谷さんや今年の春に退社された北爪さんが本当によくやってくれて。いまも続いているのはそのおかげですね。2人が離れたあとは定歳(淳)さんや洋楽フロアのスタッフがサポートしてくれています」
塩谷「渋谷パイドはオープン前の期間を長く取って、2016年の春から数か月間準備しました。ひとつのお店を作るので、普通の企画じゃないんですね。商品からコーナー分け、店内のデザインや見せ方までをしっかり詰めて、いまも続くパイドの土台ができました」
長門「南青山パイドはレコードだけでなく、民族楽器や楽譜、ミニコミ、いまで言うzineとか、いろんなものを置いていたんですね。ほかにも、細野(晴臣)さんの架空ジャケット展をやったり、ドクター・ジョンやヴァン・ダイク・パークス、ピーター・ゴールウェイなどのコンサートを企画したり、レーベルを作ってレコードを出したり。
復活したパイドでもいろんなことやりたくて。レコード店であって、小さなミュージアムでもある、という。はっぴいえんど、シュガー・ベイブのポスターや当時のメモラビリアを展示してね。レプリカじゃなくて現物・本物に触れて、当時の熱かった日本のポップ・シーンに想いを馳せてもらえたらと思ってます」
塩谷「ネットの時代だからこそ、リアルの店舗がそういう発信をするのは重要だと思います。
そして、渋谷パイドがオープンするタイミングで、リアルでマジカルな体験を綴った長門さんの著書『パイドパイパー・デイズ 私的音楽回想録 1972-1989』(2016年)が刊行されました」
長門「実は、あの本に書いていないエピソードがまだいっぱいあってね。〈あっ、こういうこともあったな!〉ってふと思い出したり」
レアなものでも有名なものでも、いい曲であればOK
塩谷「そのときにリリースしたのが『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズ』(2016年)ですね。長門さんが長年続けられてきた復刻CDシリーズ〈パイド・パイパー・デイズ〉のコンピレーションです」
長門「アルゾやバリー・マン、ゲイリー・マクファーランド、トレイド・マーティン……あのあたりのオリジナル・アルバムを、ソニーと合併する前のBMG JAPANで出していたのが〈パイド・パイパー・デイズ〉です」
塩谷「コンピが飽和していた時代に『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズ』があれほど売れたのは、すごいことだったと思います」
長門「これまでたくさんコンピの選曲・監修をしてきたけど、マニアックな内容からか、あまり売れなかった。主流じゃなく、あまり知られてない、いい音楽を隙間に見つけ出して紹介するのが僕の仕事。だから、売れたのは渋谷パイドのオープンとか本の出版とかに合わせたタイミングがよかったのかな」
塩谷「そのタイミングを作ってきたのは長門さんですから」
――『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズ』はCDの好評を受けて、2017年にアナログ化もされたんですね。
長門「はい。珍しいことにソニーから〈アナログ盤を出しませんか?〉って言われて。CDは第2弾も出しました。『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズ Vol.2』(2017年)は自信作です」
塩谷「びっくりするような曲ばかりでしたよね」
長門「1曲目のゲイリー・ウィリアムズ“I’ll Close My Eyes”(67年)は有名なジャズ・スタンダードのカヴァーでほとんど知られてないけど、すごくかっこいいアレンジでね。WACK WACK RHYTHM BANDがカヴァーしたのは、これを聴いて知ったからなんだって。そういう形で実を結んだのはうれしかった」
塩谷「知られているミュージシャンでも、意外な曲が多いですね」
長門「ニール・セダカやポール・アンカなんて誰でも知っている名前だけど、懐かしのオールディーズじゃなく、〈こんなかっこいい曲があったんだ!〉っていうね。そういったものを散りばめて気持ちいい流れを作っていくのが、コンピを作る醍醐味。知らない曲ばっかりだととっつきにくいから、有名な曲も挟んでみたりしてね」
塩谷「そう。パイドは〈レア盤信仰〉じゃないところが、魅力のひとつだと思います」
長門「レアなものでも有名なものでも、いい曲であればOK。曲の良さとアレンジの良さ。肝心なのは歌が心に響くかどうか。これが大事」
ティン・パン、ムーンライダーズ、大貫妙子……70年代の仕事仲間とのイベント
――渋谷パイドはイベントも定期的に行っていました。印象的な出来事はありますか?
塩谷「月に2、3回トーク・ショーやミニ・ライブをやっていましたね。イベントで長門さんが〈これはネットに書いちゃダメだよ〉と言うと……」
長門「みんな守ってくれるから、ありがたいよね」
塩谷「〈すごい話を聞けてよかった〉としか書かないんですよ」
――パイド、長門さんとお客さんとの信頼関係ゆえですね。
塩谷「それはイベントのたびに感じました」
長門「キャラメル・ママ/ティン・パン・アレーのメンバーのうち、細野さん、マンタ(松任谷正隆)、シゲル(鈴木茂)の3人とは一緒にトーク・ショーやったんだよね。今年、ミッチ(林立夫)が本(『東京バックビート族 林立夫自伝』)を出したから彼とやる予定だったんだけど、新型コロナの影響で中止になって、それは残念だった。
ター坊(大貫妙子)、(伊藤)銀次、(小坂)忠さん、ムーンライダーズ、あがた森魚さん、南佳孝さん、矢野誠さん、佐野元春さん、小西康陽くん、佐橋佳幸くんたち……70年代、80年代に一緒に仕事してきた仲間とやれたのは、うれしかった。もう少し若い世代の曽我部恵一くんや片寄明人くん、カジヒデキくんたちともやれたし」
塩谷「ムーンライダーズのみなさんには何度もご協力いただきましたね。イベントに出演してもらうたび、ポスターにひとりずつサインを入れてもらっています。だんだんとメンバー全員が揃っていくのは楽しかったですね」
長門「(鈴木)慶一、くじら(武川雅寛)、岡田徹さん、フーちゃん(鈴木博文)、(白井)良明たちには個別にトーク、ミニ・ライブ、サイン会などをやってもらった。フーちゃんや良明には一日店長もやってもらったね。南青山時代に唯一、一日店長をやったのが良明くん。彼のソロ・アルバム(88年作『City of Love』)の発売記念だった。あと、細野さんの『泰安洋行』(76年)の架空ジャケット展(2016、2020年)も好評だったな」