今年6月にリリースされた、小西康陽の集大成的ボックス・セット、『素晴らしいアイデア 小西康陽の仕事1986-2018』(以下、『素晴らしいアイデア』)。限定生産だったものすぐさま完売し、好評を受け、この度アンコール・プレスが店頭に並ぶ運びとなった。

Mikikiでは今回、このボックスについて、小西とも親交のある新進気鋭の漫画家・川勝徳重にコラムの執筆を依頼。2016年に小西康陽=PIZZICATO ONEのアルバム『わたくしの二十世紀』LP盤のアートワークを描いている川勝だが、今年9月には文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品の表題作を含む作品集「電話・睡眠・音楽」をリイド社から刊行したばかり。川勝にとって初めての商業出版となった同作には、小西が推薦コメントを寄せている。そんな二人の関係性から一歩離れ、端整な筆致で川勝が綴るエッセイ風コラムからは、『素晴らしいアイデア』という作品の意義や核心、そして新しい側面が浮かび上がってくるはずだ。 *Mikiki編集部

小西康陽 『素晴らしいアイデア 小西康陽の仕事1986-2018』 ソニー(2018)

作家の全集のような『素晴らしいアイデア』

『素晴らしいアイデア』アンコール・プレスおめでとうございます。私は発売初日に買いましたが、予約をしていなかったために入手に少し苦労しました。最寄り駅のCD屋では午前中に行ったにもかかわらず軒並み完売、タワーレコード池袋店から他の店舗に電話をかけてもらい、新宿店でようやく買えました。予約は大事ですね。

新宿店には何セットか入荷しており、カウンター前の目立つ位置に並べられていました。ボックス自体はそれほど大きなものではありませんが、その佇まいが目立っていました。CDというよりも函入りの豪華本……またはある作家の全集のようなデザインです。ファースト・プレスというよりも〈初版〉、デザインというよりも〈装丁〉という言葉が似合います。

『素晴らしいアイデア』には90曲収録されたCD 5枚と、二冊の平綴じのブックレットが収められています。ピチカート・ファイヴ〈以外〉の小西康陽の仕事が年代順に並んでおり、ヴァラエティーに富んでいます。その曲の選び方も少し風変わりで、作詞作曲を手がけたものだけでなく、編曲だけ担当したものやリミックス作まで収録されています。ですので小西康陽傑作選と思って購入すると少し肩透かしを食らうでしょう。では単なるレア・トラック集かというと、それも違う。副題にある通り〈小西康陽の仕事〉を俯瞰すること、それがこのボックスの核です。

 

特徴的な詩世界が作品に統一感を与えている

1曲目は“黒い十人の女”です。数年前、友人の家に遊びに行ったとき彼の父上(評論家の和久井光司氏)が『別天地』というレコードを持って部屋に入ってきました。そのオムニバス盤に“黒い十人の女”が収録されていたのです。

友人と私は小西さんのトラックを聴こうと思って針を落としたのですが、あまりにイメージと違うので何度も溝の数を確認しました。それは昭和30年代の現代劇映画に流れるようなジャジーなサウンドトラック(それも現代音楽の作曲家の手によるもの)を電子音楽で再現したようなインスト曲でした。

2曲目は雰囲気が一変して、細野晴臣&松本隆コンビの楽曲を小西さんがアレンジしたアイドル曲。3曲目はロジャー・ニコルズ風の軽快なノベルティー・ソング。1曲ずつの音の質感が違うので初めは戸惑います。けれども続けて聴いてゆくと、次第に慣れます。サウンドはともかく、その特徴的な詩世界が統一感を与えているのでしょう。

 

3分前後のポピュラー音楽の歌詞こそ短編マンガの参考になるのではないか

私は短編マンガを描く人なので、いつも物語を書くのに苦労しています。いまは長編マンガが多く描かれる時代なので24ページ前後の短編を描く際にあまり現代マンガを読んでも参考にならない。数年前、3分前後のポピュラー音楽の歌詞こそ短編マンガの参考になるのではないかと思い当たりました。

きっかけは平岡精二のアルバム『ナイトクラブの片隅で』のA面と、小西さんが作詞作曲した一連の内省的な音楽――具体的には“フォーチュン・クッキー”“face B”などピチカート・ファイヴの8センチCDシングル盤のB面の曲や、PIZZICATO ONEのアルバム『わたくしの二十世紀』です。両者共に、散文的で、ウィットとユーモアがあり……そして何よりロマンティックなところに惹かれました。

また歌詞についての本も読みました。たとえばフランスのシャンソンを扱った塚本邦雄「薔薇色のゴリラ――名作シャンソン百花譜」やサミュエル・B・チャーターズの「ブルースの詩」などです。ある音楽についての優れた分析や解釈を読むのは楽しいもので、特に塚本邦雄の辛口批評本は名著だと思うのですが、現在絶版なのが惜しまれます。

 

ライナーノーツは自伝的な/私小説的な魅力を持った名エッセイ

このボックスには二冊のブックレットが収められています。一冊は歌詞が収録されており、もう一冊は長門芳郎、河合誠一マイケル、山崎弘崇によるエッセイと、〈524サウンドを支えてきた5人の男たち〉によるエッセイ、そして小西康陽自身による収録曲の解説が収録さています。この長大な自作解説こそが、『素晴らしいアイデア』の白眉でしょう。

〈33年の物語。『素晴らしいアイデア』ライナーノーツ〉と名付けられた楽曲解説は、自伝的な/私小説的な魅力を持った名エッセイでもあります。1曲ずつに綴られた解説には、楽曲自体の話だけでなく、依頼された経緯や、音楽理論的な話、はたまた当時の交友関係まで綴られ、通読すると1986年から2018年までの〈33年の物語〉が浮かび上がるような仕掛けになっています。

エッセイストでもある作者自身の解説を読みながら聴く音楽は、楽しいと同時にとてもスリリングです。というのも制作当時の事情やトラブルや、ある楽曲のメロディーが違うふうに歌われてしまったことへの不満など、このようなアーカイヴ的なボックスでは通常書かれないことまで随分と赤裸々に書いてあるからです。特に自分の作ったメロディーの譜割が、歌手や編曲家に変えられてしまったことのトラブルは、こちらが読んでいてもハラハラします。ただそれはゴシップ本意の暴露的な内容では決してない。たぶん正直に、思ったことを書かれたんだと思います。

 

このボックスを、あえて若い音楽家に勧めたい

むかしの小説家志望者は、ドストエフスキーでも、夏目漱石でも、ある一人の個人全集を読破しなさいと言われたそうです。それが推奨されたのは量の問題ではなく、ある一人の作家と向き合うことを若いうちにするべきということなのでしょう。『素晴らしいアイデア』は全集ではないものの、一人の作家の仕事に光を当てて、それを編年体で収録し、充実した解説を添えた稀有なボックスです。

この15,000円近い高価なボックスを、あえて若い音楽家に勧めたい。ある作家の仕事を、最初から最後まで丁寧に聴くこと。もしも私が音楽家ならば、これほど励まされるボックスは、そうないと思うのです。

最後にひとつ。小西康陽のソロ・プロジェクト、PIZZICATO ONEのジャケットはいずれも雪景色でした。ファースト・アルバム『11のとても悲しい歌』は5月に、セカンド・アルバム『わたくしの二十世紀』は6月に発売されました。そしてこの『素晴らしいアイデア』も6月に発売されました。冬ではないのに、雪景色。素敵ですね。