
デジタル初期のざらついた音を求めて
三船「もう一つ聞いてみたかったことなんですけど、あなたはシンセサイザーで生み出すシグネチャーサウンドを持っていますね。フィルターがかかった優しいメロウなサウンドです。この〈あなたの音〉をどのように見つけましたか? また、初めてそれをプレイした時〈ああ、これこそが私のサウンドだ〉という気づきのようなものがあっのでしょうか?
多くのギタリストは、あるギターに触れた瞬間に〈これだ。これが私の楽器で、これが私の音だ〉という雷に打たれたような感覚、人生が変わるような瞬間を経験します。ですので、あなたの場合、例えば、10代の頃とかにピアノに触れた時とか、キーボードに触れた瞬間とか、音楽をコンピューターでエディットしている瞬間とか……」
Hansen「私は学生の頃、楽器は全然触っていなくてPC派でした。ギターやピアノは習ったことがないと演奏できないようなイメージがありましたが、当時、ドラムマシーンとサンプラーを手に入れて、これならできると思って音楽作りを始めました。面白かったし、学ぶのが本当に楽しかったんです。
また、当時、電子音楽をたくさん聴いていて、とても興味がありました。最初のシンセはRoland JP-8000で、まだ自分を表現するには至りませんでしたが、NovationのシンセやVirusに出会い、温かみのあるローファイなシンセサイザーの音作りができるようになりました。やはり私は、こういう音が好きなんでしょうね」
三船「本当に美しい音です」
Hansen「90年代から2000年位まではデジタル初期というか、デジタルもまだちょっと荒削りな頃で、そういうローファイな感じがもうたまらなく好きでした。アナログからデジタルな音へのコンバージョンがまだ未完成で、それがとても愛らしくて、嬉しく感じてしまうんですね。
今はすごく技術が発達して、とても精度が高くなりました。それでも、その頃のまだ初期の時代のデジタルの、ちょっとざらついた感じの音を、つい今でも求めてしまいます。それをこの現代で再現したいと思うんですけども、今は逆にそれが難しいというのがありますね(笑)。
また、最近はカセットが流行っていて、もちろんいいと思うんですが、私はその後のデジタルのローファイな時期の音がすごく好きなんです。90年代当時、日本で流行っていたMDを私は持っていて、友達のCDをMDに録音して聴いていました。それから大学生の頃、MDに直接録音できる機材を手に入れて、音楽を作るようになりました」
異質に加工されたサイケデリックな音への興味
三船「『Infinite Health』についてのインタビューをいくつか読んだのですが、あなたが〈今の世の中では精神的にも身体的にも健康が本当に必要な世界だ〉と言ってたのが印象的でした。
Tychoの音楽はいつもマインドフルだし、ダンスミュージックでありながら人をリラックスさせる効果があると思います。そして、あなたのサウンドメイクは非常に繊細で、プリアンプの選び方だったりサウンドに対するアプローチは、そのプロセスこそが本当にアートだと言ってもいいかもしれません。
それで、僕が聞きたいと思ったことがあります。あなたの作品は、アンプシュミレーターを使ったり、シンセサイザーやギターをラインで録音したりすることが多い印象ですが、近い将来、あなたは次の作品で、その繊細さをもって、実際の自然の音を録音したりとか、マイクを使って音響的に録音したりすることには興味がありますか? おそらく、あなたのような繊細な感覚を持っている人だと、そういった音響的アプローチが非常に音楽的で美しいものになると思うのですが、どうでしょうか?」
Hansen「ありがとう。過去にはフィールドレコーディングをしてMDに録音したものを取り入れたりしていますし、今回も多少そういうアンビエンスみたいな音も入っています。
ただ、確かに、あなたの言うようなオーガニックなテクスチャーを取り入れたい面もあるんですが、なぜかギターの音でも一回何かに通してちょっと加工した音、元々の音とは違う感じで鳴らす、そういった少し異質な音にやはり興味があります。サイケデリックな効果もあるのかなと思っていて、その辺が面白いかな、と思っているんです。
例えば、Bibioというアーティストがいて、彼の加工した音はすごく素敵で好きですが、彼は70年代のバンドというコンテクストで制作してると思うんですよね。そして、私は彼とはまた違うところで音を加工し、異質な音空間を表現することに興味があります。
ただ、今回、Chrisは私の加工しすぎた音を〈ちょっとこれはやりすぎだよ〉とリバーブかけてくれたりとか、編集してくれたりとか、そういったやりとりがありました」