Page 2 / 3 1ページ目から読む

正調任侠演歌から藤圭子に通じる捨て鉢な“怨み節”へ

彼女が歌手活動を始めたのは、スタートラインである日活において、マキノ雅弘が命名した〈梶芽衣子〉として新たな船出を飾ってから程ない1970年のこと(本名の太田雅子時代にも出演映画で歌声を聴かせているが音盤化されていない)。デビューシングルは、石井輝男監督作「怪談昇り竜」の主題歌“仁義子守唄”(1970年)で、正調任侠演歌に仕上がっている。

東映に移籍後にリリースされた「銀蝶」シリーズの主題歌を表題としたファーストアルバム『銀蝶渡り鳥』(1972年)には、デビュー曲と同系統の演歌や当時流行していたムード歌謡タイプの楽曲がひしめき合っているが、ここで注目したいのは楽曲に応じて声のトーンを変えるなど多彩な引き出しを有する歌い手であることをしっかりアピールしている部分。シンガーズ・スリーのコーラスを伴った“浜辺のメルヘン”などは、小川知子のヒット曲にも似た哀愁ムードもまた彼女のカラーのひとつなのだと伝えてくれる。

そんな彼女の個性を決定づけたのは、「さそり」シリーズの第1弾「女囚701号/さそり」で歌われ、1972年にリリースされたシングル“怨み節”。「キル・ビル Vol.1」のエンドロールに登場したあの曲だ。いわゆる演歌調の作りで、同時期に人気を誇った〈怨歌〉の歌姫、藤圭子との血脈を感じさせる捨て鉢な歌唱が冴え渡っている(やさぐれ感が数割増しの藤圭子によるカバーもこれまた絶品)。

レコーディングの際、「さそり」を監督した伊藤俊也から、三上寛のように歌ってほしいと提言された、とインタビューで語っているが、彼がたぎらせる情念とは異質なクールな諦念といったものを纏わせているところが印象的で、どこか都会的な風情を感じさせるあたりが肝になっている感もある。とはいえ、周囲からこっぴどく痛めつけられ、踏みにじられながらも寡黙に耐え忍ぶ地球上もっとも不幸なヒロインの独白というべきここでの歌唱は、聴き手を黙らせるような静かなる迫力を秘めている(なお「さそり」シリーズ内では、さまざまなバージョンの“怨み節”が登場するのでぜひチェックされたし)。

もうひとつの重要曲は、「キル・ビル Vol.1」のイメージの源泉となった東宝作品「修羅雪姫」の主題歌である“修羅の花”だ。平尾昌晃が作曲した哀感溢れるメロディーに乗っかった彼女の歌声には、悲しみの向こうにある透明な感情といったものが宿っており、その刹那的なきらめきにはゾクッとする感覚をおぼえずにはおかない。

 

大野雄二の提供曲で歌い手として天性のセンスを発揮

同じ年にリリースされたアルバム『やどかり』(1973年)がこれまた素晴らしい。阿久悠、吉田旺、そして長谷部安春といった面々が彼女を思い浮かべながら書いたと思わしき滋味深い物語が並ぶ本作。各曲にじっくり耳を凝らしてみると、それぞれの世界にどう溶け込むべきか思案する彼女の姿が浮かんでくるというか、自身が手探りでボーカルディレクションを押し進めていったと思わしき痕跡が多々見受けられるのだが、いずれにおいても確かな成果を挙げており、独自のスタイルを築き上げることに成功している。

梶芽衣子 『やどかり』 テイチク(1973)

ハイライトは、テレビドラマ「戦国ロック はぐれ牙」に使われた“はぐれ節”と“牙のバラード”の2曲。どちらも劇伴界のレジェンドにしてジャズ界のマエストロである大野雄二が手掛けていて、イカしたジャズファンクな前者、ジャジーでブルージーな後者共々、和モノリスナーから絶大な支持を得ている。とりわけ“牙のバラード”で時折顔を出すファルセットのセクシーな響きには歌い手としての天性のセンスを感じさせるし、また海外の新規リスナーにも訴求しうる魅力が詰まっていると思う(ちょうどウィウォントサウンズからのリイシューが実現したばかり)。

ところで1973年といえば、藤田敏八監督の演出による〈梶芽衣子新宿アウトロウ ショー〉なる伝説のコンサートも開かれている。ソウル・メディアの稲垣次郎が演奏を仕切り、三上寛、ジョー山中に加えて土方巽まで出演したこのワンマン公演は、モノホンのライオンが入った檻のうえで歌う場面が登場するなど、相当にヤバいパフォーマンスが繰り広げられたようだ。とにかく一度でいいから当日の音源を聴いてみたい。