不良性感度を封印し、洒落た感性を噴出させた名盤
と、ここまで紹介してきたのは女優・梶芽衣子のイメージから派生した楽曲・作品群だったりするわけだが、1974年に発表された『去れよ、去れよ、悲しみの調べ』はそれらとは別枠扱いすべきというか、彼女のディスコグラフィーのなかでも異質な存在感を放つアルバムだ。たぶん本作を語るうえでもっとも相応しいのは、ソフトロックの名品なる形容詞だろう。
シングルにもなった“この新しい朝に”をはじめ、本作での彼女はいしだあゆみに通じるコケティッシュなウィスパーボイスを駆使しながら、松任谷正隆、かまやつひろし、大野克夫、下田逸郎といったミュージシャンがクリエイトしたアーバンでポップなサウンドにバッチリ対応。不良性感度をキッパリ封印してみせ、江戸っ子らしい洒落た感性を一気に噴出させた感のある一作であり、梶芽衣子というブランドから切り離しても広範囲にわたる支持を獲得できうる名盤となっている。
ここまでがテイチク時代のラインナップ。ポリドール移籍後は、表現者として成熟した姿が記録されたアルバム『きょうの我が身は……』(1975年)、“欲しいものは”(1977年)をはじめとする阿木燿子・宇崎竜童コンビによるシングル曲などが代表的な仕事として認識されている。
歌手・梶芽衣子の素晴らしさとは?
そして近年、コンスタントに音楽活動を行なっている彼女だが、2024年作『7(セッテ)』を筆頭に、パワフルなロック歌謡調のナンバーを多く発表してくれているのがなんだか嬉しい。最近届いた新曲“き・せ・つ”もエモーショナルなボーカルが光るバラードになっていたし(今年リリースされた新たな作品集『7 rosso(セッテロッソ)』に収録)、未来に向けてのいろんな楽しみが湧き上がってきて、たいへん頼もしいかぎり。
クールなまなざしと直結した独特な響きや色彩を放つ梶芽衣子の歌声。どんな場合でもけっして聴き手に媚びたりしない凛とした佇まいがどんな時代においても魅惑的な輝きを放つことをいまや多くの人々が認識できている。アウトサイダー的な雰囲気をまとった怨み節から少女のような声を聴かせるポップスまで自身の声を変幻自在に操れるところ、これもまた素晴らしい。最後に、彼女が敬愛するシンガーだが、海外ではエラ・フィッツジェラルド、日本人では美空ひばりの名を挙げている。そして初めて買ったレコードは、エルヴィス・プレスリーの“Love Me Tender”だそう。
PROFILE:桑原シロー
1970年、三重県尾鷲市生まれ。音楽ライター。2000年代半ば、タワーレコードが発行するフリーペーパー「bounce」の編集業務に携わり、退社後、フリーランスの音楽ライターとして活動。雑誌/ウェブを中心に記事を執筆。インタビュー、ライナーノーツ執筆などを行なう。ロック、ジャズ、歌謡曲など幅広い音楽ジャンルに精通し、映画、芸能、お笑いの分野にも活動範囲を広げている。2014年から、日本のディープサウス、熊野在住の異能のギタリストのマネージャーも務めている。
