
桜吹雪の中で踊る娘を想像して
――それでは、『瞬景』を聴いていきましょう。最初の曲はアルバムのタイトル曲で、その名の通り、景色が移り変わっていくような音像が印象的です。
「アルバムの前奏曲的な意味合いを持たせました。これから現れるさまざまな風景の断片みたいなものを、ふたつのコードに乗せて散りばめました」
――続く“桜颪(さくらおろし)”は、アルペジオに乗せて和風なメロディから始まります。
「娘はとにかく桜が大好きだったんです。桜が日本人にとってどのような意味を持つか、みたいなことは認識していなかったと思いますけれど、桜の花びらが舞い散る風景が好きだったのでしょう。彼女が桜の花びらの中で踊っている様子を、日本のお囃子をイメージして即興演奏しました」
――中間部ではジャズのような展開になりますね。
「曲の中の色に変化をつける意味でジャズの要素を持ってきました。私の作曲の師である北條直彦さんはジャズピアニストとしても知られていて、私もジャズをひと通り習っているんです。
あと、中間部に続く場面では、アルバムの後々の曲につながるコード進行が出てくるのですが、それはまたそのときに説明します」
――3曲目は“竜胆(りんどう)”です。まさに竜胆の青い花を連想させるワルツです。
「娘を亡くして沈みきっていたときに、私の大親友がメールをくれたんです。本文は何もなく、ただ竜胆の花の写真だけが貼り付けられていました。調べてみたら、〈悲しみに寄り添う〉という意味の花言葉があることがわかりました。私の悲しみに寄り添ってくれた親友、また娘の無念に寄り添いたいという気持ち、また、同じような悲しみに暮れている人の心に寄り添いたい、という気持ちを曲にしました」
自分にとって音楽とは?
――次は“心の場所・彩”です。〈彩〉はご自身が過去に作られた曲のリメイクにつけているんですよね。
「はい。〈彩〉という言葉は、最初に作った時から、経験や時間の重みが加わったことを象徴する意味合いを持たせています。
“心の場所”は、作曲を始めていちばん最初に書いた曲で、もう四半世紀も前に作ったものです。当時は〈自分にとって音楽とは何なのか?〉みたいな、自分探し的な意味を持った曲でした。今は、〈娘を亡くした自分はこれからどうしていくべきなのか?〉という心のさまよいを描く意味で、前奏を新たにつけて、伴奏も新たに書き直して録音し直しました」
――“舞魚”は、前作『月光』の冒頭を飾る曲でした。このたびは"舞魚・彩"として、前回よりもダイナミックな演奏になった気がします。
「優雅に泳ぐ魚の姿を娘の象徴として、日本的なペンタトニック(スケール)も使用しながら書いた曲です。
前作のときは、物事を俯瞰的に見ていたというか、ちょっと引いた感じや距離感があって、それが演奏にも表れたのかもしれません。当時は娘がまだ生きていて、現在はもういない、という違いや現実の重みもありますし、自然と演奏が感情的になったのだと思います」
――6曲目“PERMAFROST”は、〈凍土〉という意味です。静かに繰り返されるリフレインに、徐々に動きが伴ってくる様子が静かな感動を呼びます。
「娘を亡くした後、どんな風景を見ても無機質なものに見えてしまったことがあって、本当に何もかもが凍土であるかのような印象だったんです。だけど、凍土だって、氷が溶けて水になったり、暗かったところに日が差してくるみたいな表情があるんですよね。氷の下には魚が生きていたりもする。永久凍土の中にも、意識の流れや生命の息吹が存在することを感じながら作りました。
音楽的には、私の好きなミニマルミュージックの要素を取り入れています。次の“MEMORIES”もミニマルミュージックですね」
――“MEMORIES”は、曲の中盤で入るブレイクが印象的です。そこから曲に動きが出てくる。
「思い出を振り返るときって、過去の思いと、それを感じている今の自分の気持ちが入り混じった状態になりますよね。今の主観で過去を見るわけですから。例えば、娘があの時に口にした言葉は、実は彼女なりの愛情表現だったのかな、などと過去のことに思いを巡らせてみたり。そんな感じで、過去に戻ったり、今に戻ったり、再び過去に戻ったり今に戻ってきたり、という様子をブレイクとその後の展開で表現しています」