©Yoshika Horita

クラブ、ラルゴ――共感の形式

 霊長類学者、フランス・ドゥ・ヴァールによるとサルは〈共感力〉を使ってグループ内で争いが加熱するのを回避しているという。人の社会では共感は同じ行動パターン、価値観を共有するコミュニティーを形成する力だ。そもそも音楽は共感がなければ成り立たない表現だなんてことを、このブラッド・メルドーがシンガー・ソングライターのエリオット・スミスを偲んで作った“Ride Into The Sun”を聴きながら思った。

 エリオット・スミスとメルドーは、LAのライブハウス、ラルゴで出会う。ラルゴには当時、フィオナ・アップル、ルーファス・ウエインライトらが集まり、あるシーンが出来上がっていたという。メルドーは映画音楽も手掛けるシンガー・ソングライターでありプロデューサーのジョン・ブライオンと出会い、2002年にメルドーの音楽家としての意外な一面を覗かせた名盤『ラルゴ』を制作、リリースする。ブライオンが主催する金曜日のセッションではメルドーも参加し、スミス本人を交え彼の曲を演奏したこともあるという。その当時のラルゴの雰囲気が『ラルゴ』にどの程度、反映されているのか判断しようもない。しかしスミスの曲を取り上げたこのアルバムから聴こえる『ラルゴ』と共通する室内楽の雰囲気に当時のクラブから聴こえていた、メルドーがシンガーソングライターのルネサンスだったという、その空気感が味わえたような気がする。

BRAD MEHLDAU 『Ride Into The Sun』 Nonesuch/ワーナー(2025)

 アルバムには彼の作品に刺激を受け書き下ろしたオリジナルや、ビッグ・サーや、スミスが尊敬していたというニック・ドレイクや曲が加わえられ、メルドーのスミスに対する思いが描かれる。リリースで彼は、ある評論家がブラームスの音楽を評した言葉「涙ながらに微笑む」を引用して、オープニングに置いたスミスの“Better Be Quiet Now”に相応しい表現だという。そしてタイトルに選んだ曲“Ride Into The Sun”について「聞いていると、この世にいない誰かと、まるで彼がそこにいるかのように交信しているような気がする」と話す。ラルゴという場所への共感は、スミスの喪失感とともにメルドーの中でますます確かなものになっているのかもしれない。