コラム

ブラッド・メルドー(Brad Mehldau)が語る新作『組曲:2020年4月』 コロナ禍中の生活を音楽で切り取ったスナップショット

©Michael Wilson

Suite: April 2020 贈り物、唯物論的な救済

 「“Remebering Before All This”が表現しているのは、今ではずいぶん昔の、遠い場所での出来事のように思える、ほんの数か月前のことがどうだったのかを思い起こそうとした時、突然、幾度も私を襲ったほろ苦い腹痛。“Uncertainity”は、その直後に起こり得る感情、つまり計り知れない未来への漠とした不安を描く」。

BRAD MEHLDAU 『組曲:2020年4月』 Nonesuch/ワーナー(2020)

 ブラッド・メルドーの久しぶりのピアノ・ソロアルバムは、ジョージ・フロイド事件、そしてコロナ禍の中、家族と共に滞在していたオランダで制作された。動画と、メルドーの公式サイトに掲載された上記に引用した文章には、このアルバムに彼が込めた意味と事情が綴られている。「『Suite: April 2020』は、我々全員が巻き込まれた世界の、一月前の生活を音楽で切り取った、スナップショットです。我々の大多数に新しく、共通の経験や感情をピアノで表現しようと努めました」。家族とのオランダの日々は、世界を駆けるメルドーにとって思いがけない幸せな時間となった。12のスナップショットのうち、3枚は家族との時間を切り撮ったもの。12曲の書き下ろしと、3曲のカヴァーが構成する15の組曲。

 アルバムをこの時期に発売すべきなのか葛藤があったという。仲間が仕事を失い(ニール・ヤングの曲は仲間のために)、彼の心の故郷、NYは、9.11の時同様、閉ざされたまま(ビリー・ジョエルの曲はNYのために)。しかし何か、救いの手が必要な誰かのためにできることとして、彼はこのアルバムを捧げ物として使うことを決意した。アナログを切って、収益すべてをNYのジャズ・ファウンデーションに寄付する。アナログに関わったすべての人の労力は、音楽の生活を救済するための奉仕となった。

 アフロ・アメリカンの音楽に深く影響を受けた音楽家として、G.フロイド事件に再燃した人種間の問題についても、メルドーは言及する。アンチ・レイシズムの立場は中立であること、ノン・レイシズムの立場とは異なるのだと、Ibram X.Kendiの言葉を引用し、彼のアンチ・レイシズムの立場を明らかにしている。レイシズムが存在する以上、常にその引力から逃れることはできない。誰もが非政治的であることが不可能なように。

 メルドーの音楽に潜むドイツ的な憂い、嘆きは、音楽のための音楽に向けられた美意識から漏れてくるトーンのように思えていた。“After Bach”終曲の長いため息のような音楽は、このアルバムにも持続する。しかしメルドーは、アルバムをジェローム・カーンの“Look For Silver Linning(どんな時にも希望を求めて)”で、明るく締め括った。

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