©Lorena Dini

事前に何も決めないことの美しさに目覚めたピアニスト

 19歳でベーシスト、アヴィシャイ・コーエンのトリオに参加して世界中にその名を知られ、独立後はソロ・アーティストとして主にトリオを率いて活動していたシャイ・マエストロが、初のソロ・ピアノ作品となる『Solo: Miniatures &Tales』を発表。去る6月にはアルバム発売記念の日本ツアーも行った。

 「コンサートでは、何の構想も持たずにステージに出る。頭の中は空っぽであればあるほど良いんだ。もちろん、演奏は既存の曲だったり100%インプロヴィゼイションだったりいろいろだけれど、その瞬間にほんとうに感じたことを表現するというのが、パフォーマーがお客さんに対してできる最高の贈り物だと思う」

SHAI MAESTRO 『Solo: Miniatures & Tales』 Naïve(2025)

 アルバム制作も事前に準備万端整えた上で行われたわけではなかったというが、むしろそうした状況が、アルバムに彼のパフォーマーとしての姿勢を見事に反映させる結果となったようだ。

 「〈幸運なことに〉、自分がソロ・ピアノを録音することになるとは知らなかった(笑)。ツアーの途中でオランダのコンサートラブとベルリンのヴィクターズ・プレイシズの2か所で録音したけれど、友人たちとワインを飲みながらくつろいだ後、それぞれのスタジオに入って、何の気兼ねもなく、ただ自由にピアノを弾かせてもらっただけだった。それをあとから聴き返して、これはソロ・アルバムにできるぞと思ったんだ。もしも事前に知っていたら、歴代のソロ・ピアノ作品を意識するあまり、プレッシャーを感じながら周到な準備をして、堅苦しくて自意識過剰な作品になってしまっていたんじゃないかな」

 シャイは自身のトリオでも、何も決めずにステージに上がるそうだが、最初からそうしていたのではなかったという。

 「もともと僕は、クラシックを習ったり、曲順やソロの順番などをあらかじめ細かく決めるアヴィシャイのトリオにいたりした影響で、自分のバンドで活動するようになってからも、事前にほぼ全ての構成を決めていた。ところが、2012年のとあるコンサートで、ほんの一瞬だけ完全なインプロヴィゼイションになる場面があったんだ。僕は〈これはマズい!〉と思って(笑)、すぐに軌道修正したけれど、その瞬間がとても良かったと言う人がけっこういて、僕らはその後少しずつ、何も決めずに演奏する部分を増やしていった。いつもそれが上手く行くとは限らないけれど、演奏に人間的な部分が出るのが良いと思っているんだ」