過去のCDが僕に燃料を与えてくれた
――少し話が変わりますが、本作全体のコンセプトについてお訊きしたいです。
「コンセプトは初期段階から構想があって、それに沿って曲を作っていったというかたちでした。『kimi wo omotte iru』は2人の学生、少女の人生の一部を切り取ったような作品にしていたんですけど、今回は逆に、いろんな人の人生の一瞬が集まったような一枚にしたいというのと、もっと大きな流れとして人が生まれてから死ぬまでの何かのようなものを音源に残せたらいいなと思って、ずっと制作をしてました」
――今お話していただいた内容は、リリックにも表れているなと思っています。本作のいろいろなところで生と死、〈自分の身体が無くなっていく〉という表現が見られると思います。それはどのような清水さんの、具体的な経験が反映されているのですか?
「制作期間が大体2年くらいだったんですけど、制作中に両親が亡くなったりしたので、そのようなことを意識する部分があったのかなというふうに思います」
――アルバムに添えて、清水さんは〈あなたはどこで私たちを見つけてくれるだろうか。(中略)もしかすると今から20年後かもしれないけど、それでも良い。すべての音源は出会った時が聴くべき時なのだから。再生ボタンは時代を越える〉といった象徴的なコメントを書かれていたと思います。
「僕自身がアルバムという形態にもつ強い思いがあって。僕は愛知県の田舎町の出身で、そこでオリジナルのバンドを組んで活動するのは、かなりハードルが高い状況でした。まあ、文化祭で年に1回やれるぐらいですね。
そのなかで、もちろんくすぶっていくわけなんですけど、バンドへの情熱に絶えず薪をくべてくれたのが、CDたちだったんです。当時は学生で、小遣いの少ないなかで僕がCD、音源と出会う場所っていうのは、中古ショップの500円コーナーとか、100円コーナーという場所でした。そのとき僕が買ってたCDっていうのは、新譜とかじゃなくて、10年、20年、下手したら40、50年前にリリースされた音楽のCDたちだったんです。でも、いつ発売されたかっていうのは全く関係なくて、出会った瞬間に僕にとってはそれが新譜で、時代を超えた出会いが10年、20年後の僕に燃料を与えてくれたっていうことに、すごく感謝をしていて、それを僕も誰かに返したり、循環させていけたらとても素晴らしいことだなと思っています。
だから、今回のアルバムも今すぐにも頭からケツまで通して聴いてほしいっていう願望ももちろんあるんですけど、それとは別の場所で、そんなに急いで見つけてもらわなくても、10年後でも、20年後でも、出会ったときに聴いてくれたら嬉しいんですね。そのときに、いま生まれてないような少年少女たちが、そのときに10年、20年前に作った僕らのアルバムを聴いて、当時10代の僕が感じたような衝撃とか、燃料を受け取ってくれたらそれが一番嬉しいなと思ってこういう文章を書きました」
――私も宮城の田舎出身なので、そのお話には共感できます。たまたま出会ったCDにもかかわらず、この音楽は〈自分の〉音楽なんだって思わせてくれる、前向きな勘違いや想像力って大切だよなと、清水さんのこの文章を読んで考えたりしました。例えば、kurayamisakaの楽曲に、そのような想像力や勘違いのような感覚が落とし込まれている部分があればお訊きできると嬉しいです。
「7曲目に“sekisei inko”っていう曲があって、聴く人が聴けばかなりリファレンスがはっきりとわかる曲になっていると思うんですね(笑)。4つのコードで最初にギターだけ入っていて、そこからバンドインっていう構成にはNUMBER GIRLやニルヴァーナとか、いろんなバンドがあこがれて、挑戦してきた連鎖というものがあると思っています。
きっとこの“sekisei inko”をいろんな人が聴くと思うんですけど、人によってはこのリファレンスだったら、こういう曲だろうというのは、それぞれ違うものになると思っていて。〈なるほど、この構成だな〉と思ってもらえたら嬉しいし、逆にこういう構成の曲を聴くのが、kurayamisakaの“sekisei inko”が初めてだっていう少年少女がいたとしたら、もっといろいろと調べていって、自分たちよりもっと以前に活動していた先人たちのバンドにたどりついてくれたら、それも嬉しいし。もしくは、こういう曲があったから、自分もやってみたいと思ってバンドを組んだりとか。
そういう連なりのなかに、ほんのわずかでもいいから自分もいたい、ということがバンドをやるうえで大きなモチベーションなので、想像力という点ではこの“sekisei inko”が最も顕著に表れた楽曲じゃないかなと」
――さらに、この清水さんの文章からは、自分が作った音楽が誰とも出会えないことに対する恐怖や不安を感じもしますし、必ずしもいま見つけてくれなくても、いつかこの音楽が誰かの手元に届くんだという確信も感じます。
「究極を言ってしまえば、デモを、音源を作って、PCのフォルダに保存して、SoundCloudに上げるだけでいいんですよね、創作って。
でも、社会人になって働きながら活動していくなかで、バンドメンバー、ライブハウス、マネジメントチームと、自分よりも自分を信じてくれる人たちと、たくさん出会ったんですね。そういう人たちと出会ったからこそ、音楽を一度世に出したら、その楽曲たちっていうのはもう自分のものではなく、聴いたそれぞれの人のものになると思うので、〈あとは任せたけど、めちゃくちゃ良いものができてるから見つけてくれよ〉っていう気持ちになったというのはありますね」
――清水さんはSoundCloudのアカウントに、デモや昔の楽曲の断片を置いていたりもしますよね。
「あれは、もともとはメンバー共有用で、〈まあ誰も見ないし〉みたいな感じで個人のアカウントでアップロードしてて。楽曲解説のnote記事にリンクを貼っている曲もあるんですけど、そうじゃない曲もあって、せっかく見つけてくれたから非公開にすることもないかと思っていまだ公開になってるだけですね(笑)」