癒し・解放・コミュニケイション――稀代の前衛芸術家の軌跡
オノ・ヨーコには30年ほど前に一度だけ取材したことがあるのだが、その時最も印象深かったのは、彼女の言葉遣いの古風な美しさだった。戦前の貴族の生き残りとしか思えない、なんとも優雅な口調は、レコードで聴いていた狂暴で時にエロティックな絶叫とはかけ離れている。フルクサス時代の超過激コンセプチュアル・アートもあの恐ろしい声も、無菌室で〈世間〉を知らずに育てられた本物のお姫様なればこそと、その時合点がいったわけだが、それ以上に、両親とのシュールな関係が強く影響していたということをこのバイオ本は教えてくれる。

ヨーコについては、膨大な数のビートルズ関係書でさんざん触れられてきたし、自伝的エッセイ集「ただの私」でもキャリアが部分的に語られている。が、彼女の人生の軌跡全体をここまで詳細に記述したものはなかった。著者は、ジョン・レノンが殺される直前にジョン&ヨーコに長時間インタヴューし、後年「ジョン・レノン&オノ・ヨーコ プレイボーイ・インタヴュー 1980 完全版」なる本も上梓した人物。ジョン亡き後もずっとヨーコと個人的親交を温めてきた友人だからこそ引き出せた赤裸々な言葉や事実が本書にはぎっしりと詰まっている。
構成は大きく分けて、ジョンと出会うまで、ジョンとの時代、ジョン亡き後の3ブロック。一般的にあまり知られていない事実が多数記録されているジョン死後の章も貴重だが、最も読み応えがあるのはジョン以前、つまり幼少期の状況からフルクサス系前衛芸術家時代の章だろう。それは、日本屈指の大富豪の令嬢として生まれたものの、両親、とりわけ母親からの温かい愛情を受けられないまま育った少女がどのように自身を開き、世界に向けて表現していったのかの物語である。強い疎外感と孤独の中でいつも空を眺めなから空想していた少女時代、一柳慧との最初の結婚、度重なる自殺未遂や精神病院への入院、トニー・コックスとの再婚とキョーコの出産……。ヨーコの表現活動とは常に、孤独を癒すために他者とつながりたいという願望に他ならなかった。彼女特有のインストラクション・ピース(●●せよと指示する作品)は自分自身に対する内なる声、励ましであり、その人生はずっと、他者とつながる新しい方法の模索でもあった。
本書を読めば、ヨーコの歌声がこれまでとは違って聞こえてくるはずだ。そしてそれ以上に、ジョン・レノンの表現に対する新しい視点も得られるのではないかと思う。