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ジャム末期からの流れ

 当時リアルタイムでジャムの解散やTSC結成を受け止めた人の衝撃は想像もつかないが、後年の目線から眺めれば緩やかに変化の予兆がセットされていたこともよくわかる。そのひとつがポリドールの社内プロデューサー、ピーター・ウィルソンの存在だ。彼は81年の“Funeral Pyre”からジャムの共同プロデュースに加わり、明確にソウル志向を強めたNo.1シングル“Town Called Malice”や最後のアルバム『The Gift』(82年)ではオルガンの演奏も担当している。その頃からウェラーはウィルソンとデモを作るようになったそうで、鍵盤奏者と組むアイデアは早くからあったのかもしれない。82年11月に出たジャムのラスト・シングル“Beat Surrender”ではウィルソンがピアノを弾き、ウェラーの見い出した女性シンガーのトレイシー・ヤングがヴォーカルで参加。翌年にTSCで世に出る“A Solid Bond In Your Heart”のジャム時代のデモが残されているように、舞台裏での流れは実にシームレスだったのだ。83年にTSCは晴れやかなソウル・ポップの“Speak Like A Child”(全英4位)でデビューを果たすが、初期のTSCはそのままウィルソンが共同プロデュースを続投している。

 ウェラーの新しい相棒となった元デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ/マートン・パーカスのミック・タルボットは、マートン・ミックの名でジャム作品に参加した経験もあった鍵盤奏者。彼を選んだ理由について当時のウェラーは〈ロック神話とロック文化に対する嫌悪感を共有している〉と語っており、そのあたりはジャムへの反動から出た憎まれ口だとしても、モッドであり続けるためにロック・バンドの形態を離れた彼にとって、制約なくアイデアを追求するには打ってつけの座組だったのだろう。先述したデビュー・シングルのB面曲“Party Chambers”はジャム後期のノリにタルボットのシンセを合わせたような雰囲気だ。

 続く83年5月のセカンド・シングル“Money-Go-Round”(全英11位)は、DC・リーのコーラスも効いた小気味良いファンク・チューン。そのB面にはウェラー単独歌唱によるアコースティックな“Headstart For Happiness(Early Version)”と並んでオルガン主導のインスト“Mick’s Up”も収められていた。それらの楽曲ではオレンジ・ジュースのジーク・マニーカがドラムを叩き、曲ごとにホーン奏者も招いていたように、メンバーシップに縛られない緩やかなコレクティヴの形成も初期TSCの特徴だ。8月の『À Paris EP』からのリード曲“Long Hot Summer”(全英3位)は洗練されたアダルトなスロウで、後に正式メンバーとなるドラマーのスティーヴ・ホワイトが初参加。なお、本国UK以外では、それらシングル群をまとめたミニ・アルバム『Introducing The Style Council』が登場している。そこから83年11月のポップな“A Solid Bond In Your Heart”(全英11位)を経て、84年2月の代表曲“My Ever Changing Moods”は全英5位のヒットとなったほか、ウェラーのキャリアで初めて全米29位まで上昇した。今回のスペシャル・エディションでは、これらアルバム前段階の楽曲が〈Introducing Expanded〉としてDisc-1にまとめられている。