ギターの素朴な音色が〈歌の巫女〉波多野睦美の声にもたらす新世界!
メゾソプラノ波多野睦美を、筆者は〈歌の巫女さん〉と呼ぶ。整った所作とノン・ヴィブラートの澄んだ響きが独自の厳かさを放つのだ。しかし、当のご本人は至って朗らか。ファン待望の新盤『時 Die Zeit』の発売を機に、その個性的な音楽観を探ってみた。
「大分で育ち、大学生活は宮崎で送りましたが、ある時後輩から〈どうしてヴィブラートがかからないんですか?〉と尋ねられ、〈えっ? 私、かかってない?〉と問い返したんです。言われるまで全く気づいていませんでした(笑)」
クラシック歌手は一般的に、声を聴かせようと頑張り、人によっては大波のように揺らすことも。でも、それが全く無い波多野の歌いぶりは、いわば、「声と曲とを本能的に、テレパシーで直結させる」ものかもしれない。
「昔から〈聴かせどころがあるような無いような曲〉に惹かれまして(笑)、英国の近現代の作曲家の譜面を船便で取り寄せ、九州にたまに来る世界的な名歌手のリサイタルには逃さず通い、FMラジオの音楽番組も必ず聴きました。後にロンドンのトリニティ音楽大学に自費留学し、帰国後に古楽器と共演を始めたことで「ヴィブラートは装飾表現の一環にもなる」と知り、ちょっと気が楽になったんです。かけないと声楽家じゃないの?という思いも少しあったので。要は選択肢の一つと納得しました」
今回の一枚もこの波多野一流の美学に根差すもの。タイトル曲はかのシューベルト筆の詩に高橋悠治が曲を付けたものだが、ほかにも英国リュート歌曲の代表曲“甘い愛が誘っている”(ダウランド)から、珍しく英語で歌うシューベルトの“アヴェ・マリア”、ファリャの人気作“7つのスペイン民謡”、現代キューバのブローウェルの余情豊かな“愛の歌集”など、素朴で温かく、勁い歌心が大萩康司のギターと共に花開く。
「大萩さんには元々ピアノのために作られた曲でお世話をおかけしました。〈ピアノと違ってギターは五本指なんです!〉と言われつつ(笑)でも彼のギターでしか醸せない音と歌えました。〈勁い〉と言われたのは初めて! 大萩さんにも私にも欧州での苦学生時代があるからでしょうか?」
一方、ファリャ“ムーア人の布地”の格別の明るさや歌“カンシオン”のさりげなさなど、「しなやかで折れぬ心」もまた音に滲むよう。
「“ホタ”については、解説の濱田吾愛さんから〈要は、チャラ男の歌なんで、呑気にやってね〉と教わりました(笑)。アルバムでぜひ聴いてみて下さい!」
LIVE INFORMATION
バロック in 姫路「声の魔力」バロックのうた物語~恋に悩めるものたち~
2026年3月15日(日)兵庫・姫路 パルナソスホール
■出演
大塚直哉(チェンバロ)
鈴木美登里(ソプラノ)
波多野睦美(メゾソプラノ)
ヘンリー・パーセル「妖精の女王」
2026年4月24日(金)東京・代々木上原 ムジカーザ
※昼夜2回公演
■出演
辻田暁(ダンス/演技)
波多野睦美(メゾソプラノ) ほか
