photo : HAL KUZUYA

音楽のある場所で、人はひとりではない。だから、誰かと一緒に……。

 『ねむれない夜~高橋悠治ソングブック~』はいくつもの対話から生まれた。はじめに岡真史の詩集「ぼくは12歳」ありき。その中の11作品に高橋悠治が曲をつけたアルバムは77年に中山千夏が歌った。80年代は、矢野顕子が“みちでバッタリ”“リンゴ”“小まどから”をカヴァー。2003年こんにゃく座の竹田恵子が歌曲集『ぼくは12歳』を発表した。

 波多野睦美は振り返る。「『ぼくは12歳』の楽曲は、ピアニストの廻由美子さんの薦めで歌いました。それまでは、近づかないようにしていた作品でした。詩人がほぼ同世代。こわかったのです。12、3歳の大人の扉を叩く時期の生きづらさをいまだに覚えていているだけに。基本は明るく歌いたいと思いました」

 12歳で大空に身を投げた詩人は、62年生まれ。存命ならば、やがて還暦を迎えるブルーハーツ世代。詩人として生き続ける彼は、“ぼくは宇宙人だ”“ぼくはしなない”と過去から未来に伝えていた。不滅の魂に、救われるような気持ちになる。

波多野睦美,高橋悠治 『ねむれない夜~高橋悠治ソングブック~』 SONNET(2021)

 今回のアルバムには、他に3人の詩人の作品が収録され、新曲も加わった。選ばれた詩人は、岡少年と同じく75年に彼岸へ渡った画家の辻まこと。19世紀生まれの英国の音楽家のアイヴァ・ガーニー、そして社会派作家・詩人の森崎和江。四詩人をつなぐ通奏低音のようなテーマは〈居場所といのち〉。

 多様な民族のリズムも細やかにとりいれながら演奏する高橋悠治のピアノ。メゾソプラノの波多野睦美は対話するように朗読するように歌い、言の葉をレガートの舟に乗せ永遠へと届ける。

「2008年に悠治リサイタルでのゲストとして初共演して、以来ずっと、こんな悠治ソングブックを作りたい!と思い続けてました。12年目にしてやっと! 自分でもしつこいなと(笑)。初めて音を聴いた時から悠治さんの印象は変わらなくて、それは、〈水〉のように変わり続けていること、です」

 ひょうひょうたんたんとしたおももちで鍵盤に向かう高橋悠治は、いつも誰かを悼み、誰かを想ひ……。ポロンと弾く音色は繊細でやはらか。謙虚な無頼。

 〈音楽のある場所で、人はひとりではない〉CDの帯の言葉は、悠治語録。「色んな感覚が入ることで、場が開かれていくでしょ。一人で完結しちゃうのはつまんないし。だから誰かと一緒にやるのが面白いんだよ」と語ったそうだ。

 「私の父は、初めて悠治さんとの演奏会に来た時、悠治さんがピアノに向かうや否やすぐに弾き始めるので〈たまげたのぉ~〉と驚いていました(笑)」

 線は引かない、結界も張らない。差別しない、国境もない高橋悠治ソング。さらなる対話からあらたによみがえった詩と音楽を、ねむれない夜に。

 


LIVE INFORMATION

波多野睦美 高橋悠治「ねむれない夜」発売記念コンサート
〇6月17日(木)
【共演】栃尾克樹(バリトンサックス)
【会場】大阪:豊中市立文化芸術センター 小ホール
【曲目】「ぼくは12歳」より“小まどから”ほか「旅だちながら」「ふりむん経文集」ほか
〇6月16日(水)は高橋悠治 x 栃尾克樹「冬の旅」全曲:同ホール
www.toyonaka-hall.jp/