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さまざまな過去からの恵み

 今回も前作『McCartney III』と同じくほぼすべての楽器演奏をポール自身が行う『McCartney』シリーズの作法に則って作られているが、これが『McCartney IV』でないのは、アンドリュー・ワットが共同プロデューサーとしてさまざまな局面に貢献した作品だからかもしれない。もともとワットとの仕事を提案したのはポールのマネージャーだったそうで(当時のワットはグラミーの最優秀プロデューサー部門を受賞したばかりだった)、アルバムの制作は2021年4月に2人が初めてミーティングをした日に始まったという。紅茶を飲みながらアイデア交換をするなか、ギターを弾いていたポールは即興で新しいコード進行に辿り着いた。ワットがその録音を提案したことからアルバムの冒頭曲“As You Lie There”が生まれ、彼の後押しでポールはアルバム制作へと踏み出したのだ。

 多忙なワールド・ツアーの合間を縫ってLAとサセックスを行き来しながら、数年かけてレコーディングは進行。すでにジャスティン・ビーバーやポスト・マローンらとの仕事で名を馳せていたワットは、その間にローリング・ストーンズからレディー・ガガまでの超大物を手掛ける世界有数のプロデューサーとなった。後進のヒットメイカーでは過去にグレッグ・カースティンらとも組んできたポールだが、前に出過ぎることなく主役の持ち味をうまく作品化する手腕は、パール・ジャムやオジー・オズボーンらとの仕事でも発揮されてきたレジェンド御用達のワットらしいバランス感覚の賜物だろう。

 先述の“Days We Left Behind”に連なるビートルたちとの繋がりは、ジョージ・ハリスンとヒッチハイクしていた頃のエピソードから生まれたというアコースティックな“Down South”、ウイングスを思わせる70年代風のロックにジョンのような唱法で臨んだ“Never Know”、さらにはリンゴ・スターとリード歌唱を分け合う“Home To Us”(クリッシー・ハインドとテキサスのシャーリーン・スピテリがコーラスに参加)といった楽曲からも感じられる。また、現代の音楽フェスでハイになる若い女性の目線で書かれた“Mountaintop”は、テープ・ループを使うアイデアから逆算して作られたポール流サイケ・ソングで、あるいは女性の名前はルーシーだったりするのか。

 その他の楽曲も新旧の過去が現在のポールに恵みをもたらした成果だ。例えば“Lost Horizon”は、いつ録音したかも定かではないデモを親友でエンジニアの故エディ・クラインが整理していたDATから〈発見〉して再現したという、過去の自分自身から授かった力強いナンバー。その一方で、妻のナンシー・シェヴェルに捧げた“Ripples In A Pond”はあえてワットにプロダクションを委ねたというポップ・チューンだ。ナンシーの姪が出産し、その新生児たちと過ごすロックダウン期間に書かれたラヴソングの“Life Can Be So Hard”も現在のポールを映すものだろう。時代を大きく遡って、両親について初めて書いたという“Salesman Saint”では戦中〜戦後を生き抜いた親世代の逞しさを称えてもいる。そしてラストを飾る“Momma Gets By”は、かつて“Lady Madonna”を書いた際のようにピアノに向かって即興で書いたものだそう。とはいえこちらはドラマティックなバラードで、重厚なストリングスが終幕に相応しい聴後感を残してくれる。

 そんなわけで、ノスタルジックなモチーフに現在の心境も投影して音楽的にも多彩に仕上がった『The Boys Of Dungeon Lane』。戻らないからこそ過去は愛おしいが、手の届く現在もそれに等しい価値がある。それがポールの辿り着いた境地なのかもしれない。

『The Boys Of Dungeon Lane』に参加したアーティストの関連盤を紹介。
左から、テキサス&スプーナー・オールダムの2024年作『The Muscle Shoals Sessions』(PIAS)、クリッシー・ハインド&パルスの2025年作『Duets Special』(Parlophone)、リンゴ・スターの2026年作『Long Long Road』(UMe)

左から、ポール・マッカートニーの2020年作『McCartney III』、その再解釈盤となる2021年作『McCartney III Imagined』(共にMPL/Capitol)、ポールがプロデュースで参加したマイケル・ブーブレの2022年作『Higher』(Reprise)、ポールが演奏で参加したジミー・バフェットの2023年作『Equal Strain On All Parts』(Sun)、スパイナル・タップの2025年作『The End Continues』(Interscope)