宇多田ヒカルの現在に繋がった〈00年代のUtada〉を改めて振り返る

 現在は英国を拠点にマイペースな創作活動を展開する宇多田ヒカル。現時点での最新オリジナル作『BADモード』(2022年)や新録/新ミックスを含むベスト・アルバム『SCIENCE FICTION』(2024年)をリリースして以降も、米津玄師やチャーリー・プースらとコラボしつつ、最新シングル“パッパパラダイス”に至るまで活発な動きを見せている。そんななかでこのたびリイシューとなったのが、当時Utada名義で海外リリースされた『Exodus』(2004年)、『This Is The One』(2009年)という2タイトルだ。今回はいずれも最新リマスターが施され、それぞれLP/カラーLP/CDという形態での登場となる。いずれのアルバムもアナログ化は初だし、一方のCDは高音質SHM-CD仕様でボーナスディスク付きの2枚組なのもポイント。この機会に両作品を残したUtadaの足取りを改めて辿ってみたい。

 もともと海外デビューの前段階としては、2001年に宇多田が映画「ラッシュアワー2」のサントラにフォクシー・ブラウンとの共演曲“Blow My Whistle”(ネプチューンズのプロデュース)での参加があった。それを契機に2002年にはUSのアイランド・デフ・ジャム・グループと契約を発表、日本の活動とは別軸で〈世界デビュー〉を果たすことになった。そこから時を経た2004年7月にはアテネ五輪公式アルバム『Unity』に、ティンバランド&カイリー・ディーンとの共演曲“By Your Side”で参加(ここで初めてUtada名義を使用)。そして“Easy Breezy”と“Devil Inside”の先行カットに続いて同年9月に日本先行リリースされたのが『Exodus』である(翌10月にUS盤が登場)。アルバムは全米チャート(ビルボード200)で160位に終わるも、シングル“Devil Inside”がクラブ・ヒットするなど局地的な評価を獲得した。

 次作はそこから5年後の2009年。スターゲイト共作の“Come Back To Me”を先行シングルとして、同年3月に『This Is The One』がリリースされた。よりメインストリームなR&Bを意識した作風もあってか、全米69位まで上昇。日本人アーティストが同チャートで100位以内に入るのは86年のLOUDNESS以来23年ぶりの記録となった。

 国外のリスナーに作品を届ける方法が限られ、特にアジアから欧米への〈海外進出〉が大きな挑戦だった往時の感覚を、SNSやストリーミングによって海外の音楽を発見することが格段に容易になった現在の感覚で測ることはできない。Utadaのアルバムは当時いずれも商業的に大成功を収めたわけではなかったが、その先駆的な挑戦が〈宇多田ヒカル〉のクリエイティヴにも好ましく作用したのは間違いない。特に『Exodus』については本人が『BADモード』制作時に引き合いに出してもいたように、自由な感覚で創作にアプローチした重要作だったと言える。近年の宇多田がフローティング・ポインツやA. G. クック、スクリレックス、サム・スミスらと自然に繋がっている様子を思えば、そこにあった意義は明らかだろう。

宇多田ヒカルの近作。
左から、2022年作『BADモード』、2024年作『SCIENCE FICTION』、7インチ化されたばかりの最新シングル“パッパパラダイス”(すべてエピック)

宇多田ヒカルが参加した近作を紹介。
左から、フローティング・ポインツの2024年作『Cascade』(Ninja Tune)、米津玄師の2025年のシングル『IRIS OUT / JANE DOE』(ソニー)、チャーリー・プースの2026年作『Whatever’s Clever!』(Atlantic)