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過去・現在・未来を映す幻

 また、近年の彼らは古いブラジル音楽やソウルをよく聴いていたそうで、それによってミュージシャンとしての現在地を再確認した部分もあるようだ。

 「僕、だいぶ前にロー・ボルジェスをジャケ買いして、最初はよくわからなかったんですけど、そのうちすごいハマって、トニーニョ・オルタとかいろいろ聴いてました。なんでか不思議にローカルな感じがするっていうか、すごく新しい感覚で聴けるのに、京都のベッドタウンで育った身にも、懐かしさを覚える感覚も同時にあって」(豪文)。

ロー・ボルジェスの79年作『A Via Lactea』収録曲“Clube Da Esquina N° 2”

 「僕はオーティス・クレイとか、ハイの人たちとかもよく聴いてました。逆に〈何でいままで聴いてなかったんやろ?〉って思うんですけど、いまピントが合ったんでしょうね。カーティス・メイフィールドとかも、好きになるとは思ってなかったんですけど」(友晴)。

 「カーティスは昔から好きでしたけど、やっぱり、歳もあるのかなあ……演歌とかを好きになるのに近いのかも(笑)」(豪文)。

カーティス・メイフィールドの75年作『There’s No Place Like America Today』収録曲“So In Love”

 フォーキーかつメロウな“時をはなれて”や、ゴスペル風のコーラスが美しい“君をみた”などからは仄かにブラック・ミュージックのテイストを感じることができるし、タイトルからしてズバリの“ミナスの夢”や“声だけ聴こえる”はフルートも印象的で、アレシャンドリ・アンドレスなど、現代のミナスのミュージシャンとのリンクも想起させる。これら楽曲の大半は2013年には出揃っていたものの、リリースまでにさらなる時間を要したのは、主に歌詞が原因だったそう。本作は震災後にリリースされる初めてのオリジナル作でもあり、そのなかで見い出したミュージシャンとしての覚悟が、歌詞やアルバム・タイトルから確かに滲み出ている。

 「これまではもうちょっと余白を残して、ライヴでやっていくうちに〈いいな〉って思えるものも多かったんですけど、今回はもう少しやり切りたい思いが強かったんです」(豪文)。

 「余白とか、フワフワした部分っていうのは今回もあるにはあるんですが、ちゃんと土台があったうえでの余白というか、そこが今回は形としてしっかり見えているので、そのぶん聴き応えもあるのかなって思います」(友晴)。

 「いま自分が生活してて、すごい気持ち悪いなって気になることが度を超してきてるなぁって思いがありつつ、それに対して、自分のなかでの答えっていうのは特にないんですけど、キセルとして歌にするときの落としどころっていうのはずっと考えてました。〈幻〉っていうのは、これから先のヴィジョンも含まれてるし、僕らより前の世代の人たちが見てきた〈いま〉でもあるし、自分の記憶のなかの明るい光景だったりもします」(豪文)。

 フワフワとした心地良さは残しながらも楽曲の土台を見つめ直し、同時に仲間と共に笑い合う音楽のある日常に目を向けたことで、これまでにない作品としての重みを感じさせる『明るい幻』。これが15年目のキセルが辿り着いた新境地である。

 

▼キセルの近作を紹介

左から、2010年作『凪』、2011年のレア音源集『SUKIMA MUSICS』、2013年のライヴDVD「野音でキセル」(すべてKAKUBARHYTHM)
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▼関連作品

左から、荒井由実の73年作『ひこうき雲』(ユニバーサル)、ロー・ボルジェスの79年作『A Via Lactea』(EMI Brazil)、オーティス・クレイの73年作『Trying To Live My Life Without You』(Hi)、アレシャンドリ・アンドレスの2014年作『Olhe Bem As Montanhas』(Independente)
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