(C)2015「悼む人」製作委員会/天童荒太

 

悼む人に寄り添うピアノの音 それは、ちょっと視線をあげるようなひびき

 ピアノがシンプルな音型を奏する。シとレの、シとド♯の。それぞれを何回かくりかえす。ピアノの音だ、とわかるそのほんの、ほんのちょっとあとに、かた、という音がする。どの音のあとにもちょっと、かた、と。まるで、先の音をたどってゆくかのように。でも、それはかならず、ついてくる。そうしてつづいてひびくのは弦のアンサンブル。ピアノによる歩みを、歩みだけではなく、もうちょっと視線をあげるようなひびき。

 静人と倖世の歩みをなぞっているかのよう。映画のあと、サントラを聴きながら、おもっていた。

 これがほしかったのかもしれない。

 中島ノブユキはここでピアニーノという3オクターヴちょっとしかない小さな、特殊なピアノをつかっている。メロディが奏でられるとき、この、かた、という音、影のように寄り添う音はない。こちらはふつうの残響の多い、グランドピアノの音だ。ちょっとした違いをこそ、天童荒太の小説を映画化した『悼む人』(監督:堤幸彦)のなかに音楽家はこめている。

中島ノブユキ 悼む人 オリジナル・サウンドトラック SOTTO/B.J.L/AWDR/LR2(2015)

 映画『悼む人』の冒頭は、主人公静人(高良健吾)が作品内で何度も小声でつぶやく自分なりの祈り。声が複数化し、エコーのようにひびく。このエコーは、もしかすると映画がすすむうちに忘れられてしまうかもしれないが、中島ノブユキのピアノの音とともに、映画そのものを共鳴箱にするかにおもえる。

 静人は東北地方を歩き、ところどころで「悼」む。独特な姿勢ははじめ違和感がある。まるで変身の動作みたいとおもうのははじめだけ。何度もくりかえされ、それが倖世(石田ゆり子)のしぐさとしてあらわれるときには「悼み」として馴染んでいる。みるものは、同伴する倖世とともに、悼みを納得し肯定できるようになる。

(C)2015「悼む人」製作委員会/天童荒太

 

 何度もひびくのはとんびの高い声だ。静人の基調音としてこれがある。一方で、大きなガラスのある古い日本家屋、静人の実家がある。静人と倖世が歩く地方の、まだ冬の寒さものこる風景と、昭和の日本家屋の室内。そして週刊誌の嘱託記者・蒔野(椎名桔平)が歩く盛り場や出版社の編集部、街路。こうした三つの場所と、今治の海岸がそれぞれにコントラストをなし、またそれぞれの場所にいる人びとの状況やおもいと結びつく。そしてこれらの場所をごくごくゆっくりと移行する人物がいる。

 中島ノブユキが映画の音楽を手掛けるのは『人間失格』につづいて二作目。あいだには震災があり大河ドラマ『八重の桜』があった。『悼む人』のロケ地の少なからぬところが福島であるという。このつながりのなかにわたしは感じるものもある。アルバムは中島ノブユキの自主レーベルの第1弾となる。

 

MOVIE INFORMATION

映画「悼む人」

監督:堤幸彦 原作:天童荒太「悼む人」(文春文庫刊)
脚本:大森寿美男
音楽:中島ノブユキ 主題歌:熊谷育美「旅路」(テイチクエンタテインメント) 
出演:高良健吾 石田ゆり子 井浦新 貫地谷しほり 椎名桔平大竹しのぶ
配給:東映(2015年 日本)
◎2/14(土)より全国ロードショー
http://www.itamu.jp/