再びソロ活動を活性化させた90年代のイーノ作品4タイトルが、各々ボーナス音源を加えた2枚組として再発された。ソロ名義の正規アルバムとしては『Thursday Afternoon』以来7年ぶりの92年作 『Nerve Net』は、ジョン・ケイルとコラボした驚きのヴォーカル・アルバム『Wrong Way Up』(90年)の続編的作品。それまでのイーノの全軌跡を俯瞰したかのように多様な手法が駆使された音作りについて、当時イーノ自身は「バランス感もしまりもなく、不協和音的でケバケバしく、曖昧で、俺はどこにいるんだ?という音楽」と自嘲的に語っているが、だからこそ、彼の全キャリア中でも最も面白く、批評性に富む1枚か。ボーナス盤は、前年出るはずで結局お蔵入りになった幻盤『My Squelchy Life』。これがまた更に錯乱してて凄い。
続く『The Shutov Assembly』(92年)と『Neroli』(93年)は、うってかわってアンビエント系。前者はロシア人画家S・シュトフに捧げられた80年代後半録音の音源集で、同時期に作られたディスク2の音源共々、デジタル機材を多用した硬質なトーンが際立つ。『Thursday Afternoon』を更にそぎ落とし、神仙的世界に達した後者こそは、イーノのアンビエント・ワークの最高到達点だろう。収録されたのは、60分弱の曲がたったひとつ。音というよりも、香りに近い。実際「ネロリ」とは、セビリア・オレンジの花から採取されるオイルのことらしい。本作が産院で使用されていたというエピソードにも頷ける。ディスク2収録の1時間強の作品は 『Discreet Music』の続編的な夢幻ドローン音響だ。
そして『The Drop』(97年)は、当初「Outsider Jazz」なるタイトルの下「ジャズを曖昧で異質な視点で捉えた」作品として制作されたという。一般的なジャズの概念からはかけ離れた音だが、ビートの解体や音響の練り合わせ等の実験を続けてきたイーノにしかできない、ジャズの微積分による新しいサウンドが興味深い。06年にラフォーレ原宿で開催されたイーノ展『77 Million Paintings』の会場限定販売音源を収録したディスク2もうれしい。