東京では2005年にスタート。2014年までに延べ640万人もの来場者を集めたクラシックの音楽祭、ラ・フォル・ジュルネが10周年を迎え、新たにスタート!

 

 

 

祝!10周年! 今年のテーマは《PASSIONS パシオン》

 2005年にラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭(LFJ)が東京で初開催されてから、早いもので10年が経過した。本当にお客さんが来るかのかどうか関係者全員が不安を抱いていた初年度開催初日、朝6時の段階で東京国際フォーラムから地下鉄有楽町駅まで長蛇の列が並んでいるのを見て大喜びしたのが、今となっては懐かしい。それから10年、LFJはGWの東京の風物詩のひとつとなり、国内最大規模の動員数を誇る音楽イヴェントに成長した。その理由を分析することは本稿の目的ではないが、ある特定の作曲家や音楽史の一断面をテーマに設定することで、LFJがクラシックを解りやすく見せることに成功したのは確かだろう。

 ところが開催11回目となる今年からは、これまでの作曲家中心主義を排し、普遍的なテーマを新たに設定していくという。2015年のテーマは《PASSIONS パシオン》、つまり英語で言うところのパッションである。西洋哲学やギリシャ古典文学をある程度学んだ人間ならピンと来るが、そうでないと、なぜパシオンが「恋と祈りといのちの音楽」になるのか、日本人には少し分かり難いところがあるので、まずはそこから触れていこう。

 フランス語でも英語でも、passionは日本語で「情熱」と訳されたり「受難曲」と訳されたりする。これは古代ギリシャ語のパトスpathos(またはラテン語のpassio)を語源とするが、要するに外界から何らかの作用を受けて変化が生じる、受身の状態のことである。英語の文法で受動態(受身)を意味するpassiveも元を辿れば同じ語源だし、チャイコフスキーベートーヴェンの楽曲の標題に用いたpathétique(悲愴)も、やはりパトスから来ている。

 では、外から何かを受けた時、個人の中で何が起きるか? 言うまでもなく感情である。「痛い」とか「苦しい」場合もあるし、性的な刺激を受けて「好き」と感じる場合もある。つまり、感情が熱くなるわけで、その点、passionを「情熱」と訳した日本人は本当に凄いと思う。十字架にかけられたキリストのように、感情が苦痛のほうに向かえばpassionは「受難」あるいは「受難曲」となるし、恋愛のほうに向かえば「恋慕」あるいは「熱愛」となるが、いずれにせよ、passionが外部から何らかの作用を受けて生じた強い感情であることに変わりはない。そこまで語源を辿ってみることで、初めて「祈りと恋といのちの音楽」というタイトルの意味が理解できる。

 そういうpassionが今年のテーマだから、この曲が音楽史的にどういう位置づけにあるとか、あの曲とこの曲が影響関係にあるとか、そういう小難しいことはあまり考えずに、感情の赴くまま音楽を楽しめばいい。

 

おすすめの《受難曲》、演奏会数の少ない貴重な機会を逃すな!

 プログラムのラインナップを見ると、バッハの《マタイ受難曲》(公演番号:144)と《ヨハネ受難曲》(216)、ペルトの《ヨハネ受難曲》(246)、リストの《十字架への道》 の合唱版(126、322)とピアノ連弾版(333)、ハイドンの《十字架上のキリストの最後の7つの言葉》の弦楽四重奏版(173)とハープ独奏版(181)とピアノ独奏版(252)など、キリスト受難関係の大作がやはり目を引く。理想を言えば、これら受難曲をすべて(編成違いの場合はどれかひとつ)聴くのがベストだろう。GWの休日に、なんで日本人がキリストの受難にとことん付き合わなければならないのか、疑問に思う読者もいるかもしれないが、イタリアあたりの美術館を足繁く回ったことがあれば、どこもかしこも磔刑の絵画ばかりで驚いた経験があるはず。受難曲を極めずして、西洋音楽いや西洋芸術の真髄に触れることは不可能と言ってよいだろう。3月末現在、チケット入手可能なバッハの《ヨハネ受難曲》は、御大ミシェル・コルボ指揮のローザンヌ声楽・器楽アンサンブルの演奏。2009年LFJで5000人の聴衆を沸かせた《マタイ受難曲》の名演が記憶に残っているが、ただでさえ演奏回数の少ない《ヨハネ》がコルボの棒で聴けるとなれば、何を差し置いても体験しておくべきだろう。

 ただし、ほぼ同じ時間帯にヤーン=エイク・トゥルヴェ指揮ヴォックス・クラマンティスがペルトの《ヨハネ受難曲》を演奏するので、どちらを取るかと言われれば、非常に悩む。1980年代、これを“癒やしの音楽”として聴いていたリスナーが読者の中にどのくらいいるかわからないが、ペルトが日本に紹介されて間もない頃、ラテン語の合唱が「聖ヨハネによる主イエス・キリストの受難曲」といきなり曲名を歌い出す冒頭部分に衝撃を受けたことが懐かしい。ペルトの他の作品では、ホーリー・ミニマリズムの傑作《ベンジャミン・ブリテン追悼のカントゥス》(341)が演奏されるコンサートもあるが、昨年10月にはペルト本人がまさかの来日を果たすなど、正直ここまでペルトが“メジャー作曲家”になるとは予想もしていなかった。

 

初来日アーティストをチェックするのもLFJでの楽しみ方のひとつ!

 ちなみに、今年は第2次世界大戦集結から70年ということで、戦争絡みの曲もいくつか用意されている。ショスタコーヴィチがドレスデン爆撃の惨禍に衝撃を受けて作曲した《弦楽四重奏曲第8番》の室内交響曲版(225)、メシアンがゲルリッツ捕虜収容所内で初演した《世の終わりのための四重奏曲》(157)などがそれだ。“受苦”のpassionという点では、こちらのほうがキリスト受難より身近に感じられるかもしれない。

 個人的に面白そうだな、と思うのは2007年にドイツで結成された5人組のアンサンブル、SPARK(171、272)。いわゆるポスト・クラシカルに属するグループだが、ナイマンの『英国式庭園殺人事件』をリコーダーと鍵盤ハーモニカ(!)でカヴァーしたり、あるいはファジル・サイのバラードをカヴァーしたりと、ユニークなセンスが光る。有料公演以外にも登場する機会があるそうなので、会期中もスケジュールをマメにチェックしてみては。

 


LIVE INFORMATION

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2015
5/2(土)・3(日・祝)・4(月・祝)
東京国際フォーラム、よみうりホール、大手町・丸の内・有楽町エリア
www.lfj.jp/lfj_2015/

 


António Zambujo アントニオ・サンブージョ

(C)Isabel Pinto

 

Profile
ポルトガル南部アレンテージョ地方出身。大家アマリア・ロドリゲスが発展させた同国の民族歌謡「ファド」に、ボサノヴァモルナ等の要素や現代性を付与した、独自の表現で知られる。繊細でニュアンスに富んだその歌声は、男女両性が融合されたような独特の美と優雅さで聴く者の心を掴む。 

ANTONIO ZAMBUJO ルア・ダ・エメンダ ライス・レコード(2015)

“あふれる想い~ポルトガルの郷愁の歌”
5/3 (日)18:30~19:45 よみうりホール (公演番号:274)
5/4 (月・祝)18:30~19:45 よみうりホール (公演番号:374)
曲目:未定 
出演者:アントニオ・ザンブージョ/ベルナルド・クート/リカルド・クルス/ジャオン・モレイラ/ジョゼ・コンデ

 


SPARK

(C)Sussie Ahlburg

 

Profile
クラシックを学んだメンバーによる、ロックのエネルギーを放つ若手グループ(リコーダー、ヴァイオリン、チェロ、ピアノ)。2007年結成。ウィーンやベルリンの他、バルセロナのリセウ劇場、ボン・ベートーヴェン音楽祭等でも演奏。古楽から現代、電子音楽までを含むデビュー盤は大きな話題を呼んだ。今年1月の新譜「ワイルド・テリトリー」を引っ提げてラ・フォル・ジュルネに出演!

SPARK Wild Territories Berlin Classics(2015)

“はじけるパシオン~室内楽の冒険”
5/2 (土)10:30~11:15 よみうりホール (公演番号:171)
5/3 (日)13:30~14:20 よみうりホール (公演番号:272)
曲目:モッチマン:フォーク・チューン・ラプソディーI/サイ:クムル/インス:トゥー・ステップ・パッション/グリーンスリーブス (トラディショナル)/バンチ:グルーブボックス変奏曲/メイ:ジュ・テーム/マイエリング:ワイルド・ハート/デュフリ:ロンドー (第2組曲第1巻より)/ナイマン:アン・アイ・フォー・オプティカル・セオリー
出演:SPARKS