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開館25周年の東京芸術劇場の記念コンサート「ジョワ・ド・ヴィーヴル」のメイン・プロに、鈴木優人指揮による「トゥーランガリーラ交響曲」がなぜ選ばれたか?

 東京芸術劇場がいま面白いことになっている。今年で25周年。思い起こせば、1990年のオープニングの頃はシノーポリコープマンモスクワ・シアター・オペラなど、随分と印象的なシリーズが多く催されてきた。池袋駅西口からのアクセスの良さ、庶民的な土地柄と活気に支えられた雰囲気、巨大な吹き抜けの壮大なエントランス、大中小サイズと揃った各種ホールの多様性と魅力には、他にはないものがあった。だが、それらが新たに強力な存在感を発揮し始めたのは、2012年の施設改修リニューアルあたりからだろう。大ホールの音が拡散せず、ぐっと落ち着いて良い感じになった。開館の頃とは別物である。そして何よりも、スタッフに業界からの強力な人材が集結し、企画力・発信力が飛躍的に向上した。やはりホールを支えるのは「人」である。そして、今秋に華々しく展開される「芸劇フェスティバル」の最大の注目のひとつが、鈴木優人を中心に据えた「ジョワ・ド・ヴィーヴル―生きる喜び」(11月1日)という開館25周年記念コンサートである。通常、「開館何周年記念ガラ・コンサート」というと、豪華さを誇り、過去の実績を振り返る総花的な出し物が多いが、東京芸術劇場はそのような定石をとらなかった。鈴木優人という若い音楽家の未来への可能性に賭けるという強いメッセージを打ち出したのである。

 鈴木優人(1981年~)は、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の鈴木雅明の子息として生まれ育ち、幼時からチェンバロやオルガンに親しみ、小学生にして「マタイ受難曲」をこよなく愛し研究するようになったという。いまやBCJの欠かせない中心人物であるとともに、チェンバリスト、オルガニスト、指揮者、作曲家、プロデューサー、すなわち総合的な音楽家として目覚ましい活躍ぶりである。

 彼の音楽的なキャパシティの広大さは、今回の強烈なプログラミングにもよく表れている。第1部は、マショースウェーリンクグリニーバッハなど中世・ルネサンス・バロックから、現代のアランリゲティペルトラングまでを網羅し、自らの即興演奏や自作を交えてオルガンとBCJの合唱に小㞍健太のダンスを加えた「祈り」をテーマとしたもの。第2部は芸劇ウィンド・オーケストラを指揮した吹奏楽版の「火の鳥」、そしてメインは東京交響楽団を指揮してのメシアン「トゥーランガリーラ交響曲」。若手の気鋭音楽家として、オルガンの石丸由佳、作曲家の小出稚子もクローズアップされる。

 実は今回のメイン曲目は、「トゥーランガリーラ交響曲」にするか、「第9」にするか、という二択だったのだという。手堅く売ることを考えるならベートーヴェンだろうが、鈴木優人と東京芸術劇場は、あえてメシアンを選んだ。なぜなら、この開館25周年記念コンサートは、未来に向けて新しい何かに「賭ける」というコンセプトであるからだ。こうしたチョイスが行われた背景には、実は2005年から東京国際フォーラムで続いてきたラ・フォル・ジュルネの影響がある。あのルネ・マルタンの冒険精神のDNAが、東京芸術劇場に飛び火したというのが、実状なのである。「ジョワ・ド・ヴィーヴル(生きる喜び)」というフランス語のコンサート名も、どうやらその反映であるらしい。

 「トゥーランガリーラ交響曲」がメインとなった理由はもう一つある。鈴木優人は小学生時代から「マタイ受難曲」を研究してきたと先ほど紹介したが、どうやらその一方で彼は「トゥーランガリーラ交響曲」をも早くからこよなく愛し、ケータイの着メロにも使っていたという噂がある。仮に、バッハとメシアンが鈴木優人の音楽家としての原点であるならば、彼のいまの底知れぬ音楽家としての可能性の大きさの秘密の一端を垣間見るようなエピソードである。

 どんな業界にあっても、若さと未来に賭けるためには、大きなリスクを覚悟しなければいけない。それをあえて選択した東京芸術劇場の勇気に、私たち聴衆も応えようではないか。

LIVE INFORMATION
〈芸劇フェスティバル〉 開館25周年記念コンサート
“ジョワ・ド・ヴィーヴル――生きる喜び”

第一部「祈り」
○11/1(日) 15:00開演 
会場:東京芸術劇場 コンサートホール
出演:鈴木優人(指揮・org)石丸由佳(org)小㞍健太(dance)バッハ・コレギウム・ジャパン(cho)
曲目:W.A.モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス/他

第二部「希望と愛」
○11/1(日) 17:30開演 
会場:東京芸術劇場 コンサートホール
出演:鈴木優人(指揮)児玉桃(p)原田節(Ondes Martenot)芸劇ウインド・オーケストラ 東京交響楽団
曲目:小出稚子:玉虫ノスタルジア
I.ストラヴィンスキー(アールズ編曲):組曲「火の鳥」1919年版/O.メシアン:トゥーランガリーラ交響曲
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