新時代のジャズ・ガイド「Jazz The New Chapter(以下JTNC)」で旋風を巻き起こした気鋭の音楽評論家・柳樂光隆が、人種/国籍/ジャンルなどの垣根を越境し、新たな現在進行形の音楽をクリエイトしようとしているミュージシャンに迫るインタヴュー連載。登場するのは、柳樂氏が日本人を中心に独自にセレクト/取材する〈いまもっとも気になる音楽家〉たちだ。 

連載第2回はスペシャル企画。これからもっとも注目すべき3人の若手ジャズ・ドラマーが一堂に会し、柳樂氏を交えてのスリリングなロング鼎談が池袋の素敵なカフェ・ギャラリー、KAKULULUにて実現した(お店のサイトはこちら)。次代を担う彼らの本音がたっぷり詰まった言葉の節々には、音楽的なルーツや旺盛な好奇心、共演への憧れや将来の展望に加え、閉鎖的なジャズ業界への問題提起も込められている。ほぼノーカットとなる1万字超え×2の超濃厚トーク、今回はその前編を公開する。(Mikiki編集部)

★後編はこちら
 



今日、刺激的な音楽に触れたければ、ジャズ・ドラマーから目を離すわけにはいかない。 海外のシーンに目を向けると、テイラー・マクファーリンマーカス・ギルモアを、ディアンジェロクリス・デイヴを、そして、フライング・ロータスロナルド・ブルーナーJr.ジャスティン・ブラウン、さらにはケンドリック・ラマーまでもがロバート・スパット・シーライトスナーキー・パピー)といった名ドラマーを起用し、作品を成功へ導いたのは記憶に新しい。いま挙げたアルバムには、ほかにもロバート・グラスパーサンダーキャットをはじめとした、多くのジャズ・ミュージシャンが関わっている。彼らがその場のインスピレーションで瞬時に紡ぎ出すビート、即興演奏がいままさに時代を切り拓いているのだ。

マーク・ジュリアナエリック・ハーランドケンドリック・スコットといった面々も新鮮なリズムを供給し続けている。ジャズやそれ以外の音楽でも、彼らの名前がクレジットされている作品はそれだけで聴く価値があると言い切れそうなまでの活況だ。では一方で、世界屈指のモダン・ジャズ消費国として知られる日本の音楽シーンではどうなっているのか。その答えを求めるために、上述したドラマーたちと同世代のキーマンに集まってもらうことにした。

自身が立ち上げたバンド、Yasei Collectiveで早くから〈クリス・デイヴ以降〉のリズムを提示してきた松下マサナオ。テイラー・マクファーリンから、坪口昌恭日野皓正といった日本のジャズ・レジェンドも共演者に指名する若手最強ドラマーの石若駿。そして、10代で渡辺貞夫と共演し、ジャズ・シーンの誰もが認めるトップ・ストレート・アヘッド・ドラマー、横山和明。おそらくジャズの枠を超えて、日本のあらゆるシーンを刺激していくであろう若手ドラマーに話を訊こう。

 


 


◎松下マサナオ
長野県飯田市出身。17歳でドラムを始め、大学卒業後に渡米し、現地の優れたミュージシャンたちと演奏を重ねながら2年間武者修行する。帰国後はストレート・アヘッドなジャズからパンク・ロックまで様々なジャンルで活動。エレクトロ、ジャズ、ロック、ヒップホップなどが融合されたNY音楽シーンのサウンドを国内で体現するべく、2009年にYasei Collectiveを結成。コラボレーションも精力的に行なっている。Mikikiでヤセイのメンバーによるブログ〈ヤセイの洋楽ハンティング〉を連載中


【3人それぞれの転機と、意識する海外のプレイヤー】

――今日は3人ともスタイルが違うドラマーが集まっているので、それぞれがいま気になっているドラマーと、なんでそれを好きになったかをまず聞かせてほしくて。

松下マサナオ「俺は最近ルイス・コール(*)にハマってるんですよ。知ってます? LAのドラマー。ジェネヴィーヴ(・アルタディ)って女性ヴォーカルと2人でやってる」

――ノウアーでしょ? 「Jazz The New Chapter 2」にも載ってますよ。

松下「さすが。あいつはヤバい。マーク・ジュリアナとネイト・ウッドキース・カーロックを足して、スクエアプッシャーで割った感じ。ダフト・パンクのカヴァーとかもやっていて、テクニックもあるし、エレクトロにも強いから機材のこともよくわかってる」
 

*ルイス・コール(LOUIS COLE)
LA在住のシンガー/ドラマー/マルチ・プレイヤー。ブラッド・メルドー、故オースティン・ペラルタら一流ジャズメンとの共演歴を持つドラマーとしての顔 をはじめ、LAビート×ブライアン・ウィルソン的な宅録ポップのソロ作『Album 2』(2013)を発表したり、エレポップ・デュオのノウアーとしても活動するなど、さまざまなスタイルを使い分けて活躍する才人。


――松下くんがその辺を好きになり始めたのは、どういうきっかけで?

松下「全然ロックからですよ。最初はTHE YELLOW MONKEYが大好きで。未だに吉井和哉さんのバックでやるのが俺の夢ですから。いまでも別に、ジャズやってるっていう感覚も、ロックやってるって感覚もないんですよ。この2人(横山と石若)とは違うフォーマットでいま活動してるからってのもあるんですけど、俺が思うにジャズ・ドラマーよりいまのジャズを聴いてると思うし。まぁこの2人は別としてね」

――でもやっぱり、ジャズがやりたいって思ってた時期もあるんでしょ?

松下「いまでもやりたいですよ。ジャズ大好きですもん。でも別にジャズだけってわけじゃなくて、音楽全体のなかのカッコイイ一部みたいな感覚。カウント・ベイシー(*)とか最近よく聴いてますよ、メチャメチャカッコよくて」
 

*カウント・ベイシー
〈スウィングの王様〉としてデューク・エリントン等と並び称される、ビッグバンド・ジャズの巨匠。84年没。(参考動画はこちら)


――(大学卒業後に)アメリカに行ってた頃って、どういうドラマーが好きだった?

松下「実は、最初からジャズをやろうと思っていたわけじゃなくて。最初の目標はスタジオ・プレイヤー。ジェフ・ポーカロ(*)みたいになりたかったんです。それでジェフ・ポーカロの父親について1年間習って、モーラー奏法っていうのをメチャクチャ勉強したんですよ。でも結局それは俺にはあまり必要ない事に気づいて、それ(演奏のクセ)を抜くためにもう1年アメリカに残りました」
 

*ジェフ・ポーカロ
TOTOの一員として著名なアメリカ人ドラマー。セッション・ミュージシャンとして10代から名を馳せ、その膨大なキャリアをまとめた「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)も今年2月に刊行された。(参考動画はこちら)


――〈モーラー奏法が必要ない〉っていうのは、どういう意味で? 

松下「スピードとか瞬発力とかと真逆なんです。もちろん使いますが一定のアクセントを持ったフレーズ叩くとき以外はほぼ使えません。あくまで俺の感覚ですけど。日本で教えてる〈嘘モーラー〉はもっとたち悪いですけどね」

――なるほど。

松下「それでアメリカにいたとき、エリック・ハーランドがジョシュア・レッドマンのトリオで(ベースの)ルーベン・ロジャースと一緒に演奏しているのを観たんですよ。まだ日本ではそんなに有名じゃなかった頃だと思うけど、それがもう、〈足速いやつっているんだな〉みたいな感覚が度を超えてましたね。演奏がもう、マラソンを100m走のタイムで走るやつが3人も同時にいるみたいな感じで。そのときの録音を聴くと、〈あぁ……〉〈うわぁ……〉とか俺が言ってる声がずっと入ってるんですけど(笑)、本当にそれくらい衝撃的でした」

――わはは。

松下「で、その週に立て続けにマーク・ジュリアナとかブラッド・メルドーのトリオとかのライヴも観て、〈俺こっちかも〉と思ったんですよ。そこからゴスペルのミュージシャンとも付き合いはじめて、こういう(ジャズへの)方向に行ったんです」

★「ヤセイの洋楽ハンティング」第1回 〈マーク・ジュリアナ編〉はこちら
★「ヤセイの洋楽ハンティング」第2回 〈ブラッド・メルドー編〉はこちら
 

 


◎横山和明
85年静岡県生まれ。幼少の頃より音楽に親しみ、3歳からドラムを始める。高校在学中にジュニア・マンス、渡辺貞夫と共演。2002年、渡辺貞夫カルテットの全国ツアーに参加した事をきっかけに本格的にプロ活動を開始する。高校卒業後に活動の拠点を東京に移し、以後、数多くのツアーやレコーディングに参加している。2004年より約10年に渡り、バリー・ハリスの来日公演のドラマーを務める。そのほかに、レッド・ホロウェイシーラ・ジョーダン等とも共演。誠実で落ち着いたドラミングには定評がある。

【参考動画】鈴木直人カルテット“There'll never be another you”(ドラムは横山)

 

――横山くんがその辺に興味を持ったきっかけとそんなに遠くないね。横山くんも最初はエリック・ハーランド(*)でしょ?

横山和明「はい。最近のジャズ・ドラマーに興味を持ったのは、たぶん人より遅い方なんですよね。そういうものに対して壁を作るタイプだったから。ちょうど10年くらい前かな、エリック・ハーランドがアーロン・ゴールドバーグとルーベン・ロジャースとトリオで来日した時に観に行って。当時みんな〈エリック・ハーランドって凄いらしい〉って騒ぎ始めてたから、ふーんってノリで観に行ったら〈いままでごめんなさい〉って帰ってきました(笑)。当時の我が家にはパソコンもなかったし、世間から浦島太郎的に置いていかれてたんですけど、それからハーランドだけは、チャールズ・ロイドのバンドとかも好きだったし追いかけるようにしてました」

――そうなんだ。

横山「それで、我が家にもやっとパソコンが来てインターネットが出来るようになったから〈クリス・デイヴ(*)って人が凄いらしいから、ちょっとYouTubeで観てみるかー〉って調べてみたら、また〈いままでごめんなさい〉って。そこからロナルド・ブルーナーJr.とか、いろんなドラマーの演奏が関連動画に出てくるから色々と観ているうちに、〈凄い時代になったなぁ、いろいろ聴かなきゃだめだな〉って思い知らされましたね。ちょうど自分もそれまでやってきたこと以外の、外の物事に対して興味を持ち始めた時期だったのかも」

*エリック・ハーランド
78年生まれでテキサス州ヒューストン出身(生まれ年と出身のどちらもロバート・グラスパーと同じ)。チャールス・ロイドやマッコイ・タイナーといった巨匠に寵愛される一方、ジョシュア・レッドマン、カート・ローゼンウィンケルSFジャズ・コレクティヴなど現代ジャズのトップとも共演。 さらに昨年発表されたリーダー作『Vipassana』では〈『Black Radio』以降〉のアーバンなグルーヴも導入してみせたりと、今後も目が離せないジャズ・ドラマー。
*クリス・デイヴ
73年生まれでテキサス州ヒューストン出身。今日におけるジャズ・ドラムの方向性を決定づけた、超絶テクニックを誇るドラマー。ロバート・グラスパー・エクスペリメント(現在は脱退)、ディアンジェロのバンドであるヴァンガードに参加するなどジャズ~ヒップホップ界で目覚ましい活躍を見せるほか、アデルの世界的大ヒット作『21』でも演奏している。自身が率いるバンド、ドラムヘッズのリーダーとしても活動中。


――いま名前を挙げてくれたドラマーの、どの辺が凄いと思った?

横山「まず、ドラムが死ぬほど上手い。ロナルド・ブルーナーの動画を見た時とか早回しかと思いましたもん。クリス・デイヴもそうだけど。それまで僕は技術的なことに興味/関心がなくて、自分の出来る事を少しずつ磨いてよくしていきたいってタイプだったんです。とりあえずいま持ってるものを何とか活かせたらと思っていて、まずはよいグルーヴ、よいスウィングってことしか考えてなかった。手足が速く動くとか、凄いフィルが叩けるってことには、10年前は本当に興味がなかったんですよ。なぜかっていうと、音楽的な部分と技術が直結してない人が多かったんですよね。手足はよく動くんだけど全然カッコよくないというか、自分達がやってる音楽と関係ない言葉で喋っちゃってるような感じ。音楽で必要とされてることと技術のバランスが上手くいってない。そういう人をよく見かけたし、だから僕には必要性が感じられなかった」

――なるほど。

横山「でもハーランドとかロナルド・ブルーナーは、ちゃんと音楽で必要なことをしているんですよ。例えばハーランドは、技術的な面ではフュージョンを通過してきた感じがするけど、だからって演奏はフュージョン臭い感じじゃない。彼がストレート・アヘッドなジャズをプレイしているときも、そういう素養を消化した上で、もう1~2段階も先のことをやろうとしているのは凄く伝わってくるんです。むやみやたらに新しいことをしようって人は彼らが登場する以前にもいたんだけど、長い音楽の歴史とかフィーリングをちゃんと踏まえた上で次にすべきことに取り組んでいる人がやっと出てきたのかなって、僕は当時思ったんですよね」

*ロナルド・ブルーナーJr.
テンプテーションズダイアナ・ロスらと共演した世界的ジャズ・ドラマーのロナルド・ブルーナー・シニアを父に、サンダーキャットことスティーヴン・ブルーナーを弟にもつ凄腕ドラマー。ロイ・ハーグローヴスタンリー・クラークケニー・ギャレットら巨星との共演歴を誇りつつ、弟のソロ作にフライング・ ロータスやケンドリック・ラマー、カマシ・ワシントンの最新作など、LAシーンの最前線でもジャンルを超えて大きく尽力している。



――僕が〈JTNC〉を作ろうと決心したきっかけもそれなんですよ。「ジャズ・ミュージシャンって凄いんだぜ」みたいに堂々と書ける説得力が出てきたというか、テクニカルに偏った人達の芸じゃなくて、音楽のカッコよさとずば抜けた演奏力がきちんと繋がっているプレイヤーがようやく出てきたと思ったから。

横山「いろんなものが繋がったというか、そんな感じしますよね」

松下「俺らは教則ビデオの世代だけど、(石若)駿とかの世代との一番大きな違いはYouTubeですよ。下手したら昨日終わったばかりのスモールズとか55Club(NYの有名ジャズ・クラブ)のライヴ動画だって観れるわけでしょ。それって凄いアドバンスだからメチャクチャ羨ましい」
 


◎石若駿
92年北海道清里町生まれ、札幌市出身。13歳からクラシック・パーカッションを始め、2006年以降は日野皓正渡辺香津美山下洋輔といった大御所と共演を果たす。2009年に奨学生としてバークリー音楽院に留学。2012年放送のアニメ「坂道のアポロン」では川渕千太郎役でドラム演奏/モーションを担当。平成生まれの日本人ジャズ・ドラマーを代表するホープであり、クラシック/現代音楽の演奏も数多く行なっている。2015年に東京藝術大学音楽学部器楽科を卒業。

【参考動画】東京ザヴィヌルバッハ人力SPECIAL“Pastel Yogurt”(ドラムは石若)


――石若くんはいま22歳でしょ。ドラムを始めた頃には、クリス・デイヴとかが既に活躍していた世代なわけだ。

石若「僕は小学校の高学年で札幌のビッグバンドに入ったんですけど、そのビッグバンドが結構コンテンポラリーで新しめな事をやるバンドだったんですね。それで流行ってるジャズを聴こうと思って、タワレコとかでリサーチしたりしてました。まだ自分が小学生とか中学生の頃から、〈もしかしたらジャズの長い歴史の最先端に、自分達はついていってるのかもしれない〉みたいな感覚で、自然とやってましたね」

――そのビッグバンドではどういうことをやってたの?

石若マリア・シュナイダーとかそういうことじゃないんですけど、ビッグバンドの為に作曲してる人達の新しい作品を毎年アメリカから取り寄せてやってましたね。だから逆に、(ビッグバンドの定番レパートリーである)カウント・ベイシーとかデューク・エリントンの曲は本当にちょっとしかやってなくて」

――留学中はどんな感じだったの?

石若「高校2年のときにバークリー音楽院に短期で留学したんですけど、そこにはゴスペルのチームがいたり、コンテンポラリーなフリージャズ寄りの人達がいたり、イエロージャケッツ(81年LA結成の有名フュージョン・バンド)のアンサンブルがあったりして。その景色を前にしたとき、自分はこの歴史の最先端にくっついていけるんじゃないかって思えたんです。ちょうどその頃にニューポート・ジャズ・フェスティヴァル(54年に初開催と長い歴史を誇り、ロードアイランド州ニューポートで毎年8月に催される野外ジャズ・フェス)に行く機会があって、ヴィジェイ・アイヤーのトリオやジョシュア・レッドマンのダブル・トリオをそこで観ました。その当時は、YouTubeとか〈Drummer’s World〉っていうジャズ・ドラマーのサイトをよくチェックしてましたね。だから、〈この人達と一緒に自分も成長してるんじゃないか〉っていう身近な感覚も抱きやすかったと思います」

松下「やっぱり俺らの世代とは全然ちがうね」


【参考動画】ヴィジェイ・アイヤー・トリオ、2014年来日時のライヴの模様。
ドラマーのマーカス・ギルモアは、テイラー・マクファーリンのアルバム/ライヴにも参加している。