ワールドワイドに冷徹な魅力を振り撒く人力ミニマリストが最高の低音職人たちと出会ったら……怪しい闇が無二のトランス感を醸造する、深く重い音響空間が出現!
この人、大丈夫だ
ポスト・ロック、テクノ、サイケ……さまざまな要素を持ちながらも、どのジャンルにも縛られない。そんな唯一無二の音楽を生み出してきた、高田正子(ギター)、在川百合(ベース)、姫野さやか(ドラムス)によるインスト・バンド、にせんねんもんだい。バトルスの指名で彼らのUSツアーに参加するなど海外でも評価の高い彼女たちだが、新作『#N/A』ではUKダブのマエストロ、エイドリアン・シャーウッドとのコラボレートに挑戦。共演のきっかけについて、姫野はこんなふうに振り返ってくれた。
「レーベルさんからのお誘いだったんです。最初は私たちのライヴでエイドリアンが生ダブ・ミックスをする、という話だったんですけど、そのライヴの2週間前に〈スタジオが空いてるからレコーディングしませんか?〉って。私たち、エイドリアンのことは名前を知ってるくらいで音は聴いたことがなくて、しかも新作(2015年3月に発表した『N'』)を出したばかりで曲もないし。そのことを伝えたら〈セッションでも良いので何か録ってみませんか〉と言われて、〈じゃあ、やってみようか〉と思ったんです。でも、それがアルバムになるというのは当日初めて聞かされたんですよね(笑)」(姫野)。
そして、「セッションにはそんなに自信があるほうではないので」(姫野)ということで、バンドは何とか新曲を1曲用意してレコーディングに挑んだ。しかし、その期間はわずか2日間だけ。
「1日目はまず新曲を録って、その後はずっとセッションを録っていました。それを聴いてエイドリアンはイメージを膨らませていたんだと思うんですけど、2日目にエイドリアンから〈こういう音を足したいから別録りで〉みたいな指示があったんです。〈ここに狂ったようなギターを入れたい〉とか。でも、そういうのは少しで、初日のセッションが中心でしたね」(姫野)。
バンドにとって外部からプロデューサーを迎えるのは初めてのこと。しかも、相手がエイドリアン・シャーウッドとなればプレッシャーも大きかったに違いない。しかし、現場で会ったエイドリアンは「とてもオープンで、私たちが私たちでいられるような空気を作ってくれた」と語るのは高田。「何より安心したのは音のセンスが合っていることでした。レコーディングの最中に、エイドリアンがその場でダブ・ミックスしたのを〈こんな感じ〉って聴かせてくれたんですけど、それを聴いて〈あ、この人、大丈夫だ〉って思ったんです」(高田)。
エイドリアンの存在に加えて、初めてプロフェッショナルなスタジオでレコーディングしたことも、彼女たちに大きな刺激を与えることになった。
「レコーディングしているときに聴いている音も、録った音を試聴する部屋で聴く音もすごい良くて。音が良いっていうのはすごく重要で、テンションが上がりましたね。〈これなら良い演奏ができる!〉って」(高田)。
歪みやズレによる怪しさ
最強のパートナーと最高の環境を与えられて、レコーディング・セッションは白熱していった。そんななか、エイドリアンとバンドの息がぴったり合っていたのは、こんなエピソードからも窺い知ることができる。
「高田さんが一人でギターを録っているのをエイドリアンと一緒に聴いていたんですけど、高田さんの音がだんだん良い感じになってきて、〈あ、カッコイイ!〉って思った瞬間、隣でエイドリアンの顔も〈ハッ!〉ってなった(笑)。そういう感覚を共有できたのも嬉しかったです」(姫野)。
レコーディングが終わると彼は録音した音源をイギリスに持ち帰り、それを独自のセンスでミックスしてアルバムは完成した。どの曲も3人の音数を絞り込んだミニマルなアンサンブルが軸になっていて、そこにエイドリアンのエフェクトが陰影を加えていく。生音と人工的なサウンドとの境界で揺らめくスリリングな音響空間。そんななか、最小限度のミックスでバンドの研ぎ澄まされた演奏を浮かび上がらせようとする、エイドリアンのストイックなミックスが印象的だ。
「そうなんです。レコーディングした素材を結構そのまま使っていてビックリしました。元になる曲をエイドリアンが自分の感覚で捉えて、適度なミックスで曲の良さを引き出そうとしてくれてるのが素晴らしいと思いました」(姫野)。
さらに本作で重要な役割を果たしているのは、マスタリングを手掛けたラシャド・ベッカーだ。ミュージシャンとしても活躍するベッカーは、エイドリアンの最新作、シャーウッド&ピンチ『Late Night Endless』のマスタリングも手掛けた音の達人。彼はマスタリングを2パターン仕上げ、バンドは〈怪しい雰囲気が漂うほう〉を選択した。音響に関してはバンドがここ数年、意識的に取り組んでいることのひとつであり、前作『N'』ではテクノ/ベース音楽界の鬼才、シャックルトンにリミックスを依頼したりも。だからこそ、今回のコラボレートにも興味を惹かれたようだ。
「ここ数年、『N』の頃からミックスに深く携わるようになって、音を少し変えるだけでまったく別の音楽になるっていうのが、より明確にわかるようになってきたので『N'』もいろいろ試しながら作ったんです。だからエイドリアンやラシャドみたいな人たちとやったらどんなものができるんだろうっていう好奇心もあったし、自分たちの音楽を客観的にどう見られるのかというのも興味があって、今回のアルバムはすごくおもしろい体験でした」(高田)。
バンド結成から15年を越えて、新しい領域に踏み込みつつあるにせんねんもんだい。しかし、一貫しているのは3人の生音による演奏だ。そのこだわりを2人はこんなふうに語ってくれた。
「生演奏だからこその歪みやズレが生み出す緊張感とか、そこから生まれる怪しい感じにドキドキするんです。だから人力にはこれからもこだわっていきたいと思いますね」(姫野)。
「私たちはあまりミュージシャンっぽくないというか。自分たちが〈いいな〉と思うことを純粋にやっているだけで、うまくやろうとか何かをめざしたりとかそういうのは全然なくて。でも、3人で表現したい何かはあって、それが言葉にできないから音で表現しているんだと思います」(高田)。
『#N/A』は言葉では伝わらない〈何か〉を巡る音の旅。そして、その先には新しい音の風景が待っている。