
神々しさ漂う歌声と、幾つもの楽器が重なる雄大なサウンドスケープで〈日本のフリート・フォクシーズ〉と称されてきたROTH BART BARONが、セカンド・アルバム『ATOM』をリリースした。今作は、カナダはモントリオールにある、ゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラーのマウロ・ペッツェントが所有するスタジオ=ホテル2タンゴで大半を録音。ブロークン・ソーシャル・シーンやアーケード・ファイアの諸作でも知られるヴァイオリニスト、ジェシカ・モスを筆頭に、同スタジオ界隈の多くのミュージシャンがストリングスやホーンなどで貢献している。これまでのROTH BART BARONが追及してきた現代アメリカーナに通じる多層的なアンサンブルはさらにきめ細かく、カナディアン・インディー特有の青い疾走感やスペーシーな浮遊感が加わったサウンドはますますパワフルに。代名詞と言うべき壮大なスケール感広がるバラッドはもちろん、ノイジーなロック・アンセムや快活なポップ・ナンバーまで楽曲のヴァラエティも増した『ATOM』で、バンドはいっそう高く遠くへと羽ばたいている。
また、さまざまな表情を見せる楽曲に合わせるかのように、歌詞の面でもより複雑で立体的な世界の描写へと向かった。前作『ロットバルトバロンの氷河期』でメイン・ストーリーとなっていたのは、雪に閉ざされたディストピア的世界における子供たちの蜂起。それは2015年のいま振り返ると、実に預言書めいていたことは書き留めておこう。一方、今作で描かれるのは、どうしようもなく動いていく世界へと直面しながら、ひたすらに傍観者として暮らし続ける人々や、自らの栄華が終わっていくことをじっくりと噛みしめる権力者といった、革命の熱気の外側にいる登場人物。その意味で『ATOM』は〈氷河期〉で語り切れなかった幾つもの物語へと、あらためて光を当てた連作集のようでもある。現在の世界を映しだしつつ、ファンタジックなリアル・フィクションへと昇華させた今作について、ヴォーカリストである三船雅也に話を訊いた。
日本で何万枚ってセールスじゃなくても、僕らを好きな人が東京で何百人、アメリカで何百人、ドイツで何百人ってのができればいいなって
――前作『ロットバルトバロンの氷河期』のツアーはとにかくたくさん周っていた印象でした。普通は中心の一か所にするような地方でも、西に東に連日行ったり来たりして。
「前作では、CDだけじゃなく後発のアナログ盤でもツアーをしました。それは前作を録ったフィラデルフィアでの経験も影響してて。向こうのエンジニアが言ってたんですけど〈アメリカのミュージシャンはものすごい本数のツアーを周るのが当たり前なんだ〉と。バンドのツアー専用のレンタカー会社とかもあって、ビジネスとして成り立ってるんですよ。オプションでプレイステーションがつきますとか(笑)。だから向こうのそういうのが当たり前の環境と比べて、僕らは日本国内でも全然ツアーできてないなって」
――ただ、実際にハードに回っていくことは、スケジュール管理やライヴハウスのブッキングはもちろん、経費的にも体力的にも大変じゃなかったでしょうか?
「東名阪で終わっちゃうのはつまらないなって思った時に、札幌のライヴ・ハウスから出演のオファーがあったり、ドイツのバンドが来るから前座しないかって話があったり、そういう誘いをもらえるようになったんです。だから、いろいろ行ける機会も増えたし、〈ライヴハウスはそこらじゅうにあるし、回れるところはたくさんあるな〉と思って。さっき亮太さんが言ってくれたように、無理なスケジュールもあったかもしれないし、もっと賢い考え方だったら、ここは地域が近いから一本に絞ったほうがお客さんばらけなくていいって計算もあるんでしょうけど、僕らはあんまりそういうことは考えないで、回れるところは回ったほうがいいんじゃないかって。その賢さの行きつく先が東名阪だけってことなのかもしれないですけど、なんかそれは自分のマインドと違うなと思ったんですよね。そうなると一個一個丁寧にいろんな人たちと出会っていったほうがバンドの財産になるなと思ってて。それは成功とまではいかないかもしれないし、ビジネス的に言ったら失敗なのかもしれないですけど、そこで得たものはすごく大きくて」
――日本だけでなく、去年10月には北米ツアーもされてました。
「ニューヨークの〈CMJ・ミュージック・マラソン2014〉って〈サウス・バイ・サウス・ウェスト〉の東アメリカ版みたいなのに出ようってなったのをきっかけに、7、8都市回りました。向こうには都会じゃなくてもひとつひとつの街にレコード・ショップがありライヴハウスがあって。ライヴをすると全然知らない日本人のバンドでも喜んでくれたり、そういう手応えみたいなものが〈氷河期〉のおかげで手に入れられたんです。たまに〈東京でトップにならなかったら意味がない〉って意見を聞いたりしますけど、そういうことじゃなくてひとつひとつの街が独立してそれぞれにバンド・シーンがあるわけで、その街のレコード屋で1位になってもいいし、日本で何万枚とか何万人とかってセールスじゃなくても、東京で僕らを好きな人が何百人、アメリカで何百人、ドイツで何百人ってのが全世界にあればいいなって思えるようになりました。向こうでそういうアイデアをもらえたんですよ」
――海外での話や経験と日本の実状を照らし合わせたうえで、もっと日本の音楽カルチャーがこうなればいいのになと思った点はありますか?
「たくさんあるようなないような、なんだろうな。うーん、いわゆる誰が言ったか知らないけれど東京インディー・シーンってのが2、3年はあって、僕たちもその流れのなかでいろいろな人に気づいてもらったところもあると思うんですけど、そういう人たちの多くはまだ日本でだけで音楽をやろうとしてるというか。インターネットがあってスマートフォンがあればすぐに届けることができるのに。でも、2000年代にブルックリンで起きたミュージック・シーンの人たちや、Pitchforkに牽引されつつ大きくなったインディーの連中は、当たり前に世界を向いて音楽をやったんですよね。そういう意味で言えば、タイやシンガポール、インドネシアの子たちのほうが、東京より断然モダンな子が多い気がします。 もっとフラットに国と国を飛び越えちゃう感覚を持ってますよね。正直、音楽や映画に関しては、日本はもう何年も遅れてしまったなあって」
――そうですね。海外のミュージシャンのライヴも、外国映画の上映も、日本の状況はアジアのなかでも後進になりつつあります。
「バンドマンと話してもあんまり世界の話にならんないんです。全員じゃないですけどね。バンドを始めたときから、ライヴハウス出るのも〈なんか馴染めないな、居心地悪いな〉って思いながら音楽やってきました。レコーディングするときも、なかなか共通の話題が見つからなくて。〈こういう音にしたいんだ〉って言ってもなかなか伝わらなかったり、そういう発想が元からなかったりするし。フィラデルフィアのブライアン・マクティアーや、今回のモントリオールのスタジオ・エンジニアはやっぱり〈やりたい〉って思ったサウンドを、一言えば十わかってくれる。そういう感覚が自分にとっては楽だったんです」
―― 自分は、日本のライヴハウスのノルマ・システムとか、お客さんへのホスピタリティーの薄さとか、もうちょっとなんとかならないかなって思ってしまう局面が多いんですよね。もちろん全部が全部そうじゃないですけど。ただ、ライヴを見るためだけのハコになってる状況があまりに多い気がして。
「そうそう。でも、みんな〈しょうがない〉って言う。ご飯のメニューもない場所が多いし。そのライヴを観に行くためだけじゃつまらないですよね。日常の選択肢の一つとして、平日に仕事が終わったてから、〈じゃあ行こうぜ〉とはならないし、始まるのも早いからそのライヴを見るためだけに、何か月も前から休みをとらなきゃいけないとか。しょうがないことがたくさんあってこうなっちゃってるってのはわかるんですけど、80年代とか90年代にできたライヴハウスのスタイルをいまだにやり続ける必要はないですよね」
――北米ツアーをされたなかで、印象的だったライヴハウスはありましたか?
「去年ライヴをしたブルックリンのシーンは、家賃がどんどん高くなっちゃって、いまの若いアーティストたちがだとなかなか中心部には住めなくなっちゃってるらしくて。ちょっと奥のブッシュウィックって街、ブラックの人たちが多く住んでる工業地帯にみんな移ってて。グリズリー・ベアーとかが出演していたブルックリンのハコも、どんどん立ち退きで潰されちゃってるんです。で、ブシュウィックに新しいライヴハウスでサイレント・バーンってところがあって、そこは倉庫を適当に改造しただけで音響も別に良くないんですけど、いまのイケてるインディー・バンドたちはみんなそこでやってました。3ドルくらいで入れて、横にミュージシャンがたまれるスタジオや、アーティストが共同展示しているアトリエもあって。飲み物もしょぼいんですよ、缶ビールだし、カウンターにはスタッフの女の子がちょっと作ったようなクッキーが置いてあったり(笑)。で、みんな外で凍えながら冷たいビール飲んで、アート・スクールのひねくれた子たちがパカパカ煙草吸いながらたむろしてて、外からも窓ガラス越しにライヴやってるのが見えちゃうみたいなところ。今後出てきそうなインディー・バンドたちが集まってきてる感じがしたし、そこの環境はすごいDIYムードに満ちてました。みんなこれがビジネスとして10年続くとは思ってないんだろうけど、新しいことをやろうって人たちがたくさんいて。そういうところが日本であったら楽しいですよね」
ジェシカ・モスとの録音は雷を受けたみたいな衝撃で、僕が半泣きになるっていう
――魅力的な場所ですね。では、話を新作へと進めましょう。バンドが〈氷河期〉から今作の『ATOM』へとモードが切り替わったのはどのタイミングからだったのでしょうか?
「意識的ではなかったですね。2014年が終わり、新年からいろいろセッションやったり新しい曲が進んでいくなかで、その転がりが坂を落ちていくようにだんだんスピードが上がってきて、〈ああもう元に戻れないな〉ってところで、『ATOM』のモードに気づくっていう。だから〈さあ変えるぞ〉って変わったわけではなくて、緩やかに。それでいて、〈氷河期〉とは違うムードがあって、〈氷河期〉の方法論が自分の中でどんどん通用しなくなってることに徐々に気づき始めましたね」
――『ATOM』を聴いて、3つ仮説を立ててみたんですね。すべて『氷河期』をふまえたものなんですけど。
1『ATOM』は〈氷河期〉で蜂起した子供たちが大人になったあとのストーリー
2『ATOM』は〈氷河期〉を、前作に登場しなかった人物たちの視点から語りなおしたもの
3『ATOM』は〈氷河期〉以前の世界を描いたプリクウェル
「うん、おもしろいです」
――いずれにせよ、今作と前作はすごく密接した位置にある作品だと解釈したんです。三船さん的には、これら2作はどう位置づけられているのでしょう?
「繋がってはいないのかなと思ったら、従妹くらいだったって感じかな。前作は『ロットバルトバロンの氷河期』ってタイトルのもと、生まれてきた連中が多かったんですど、『ATOM』はどちらかと言うと1曲1曲をインディペンデントなものにしようってのが裏テーマとしてはあったんです。でも意外とそうならなかったですね」
――ひとつの視点、同一人物の主観だと想像できるところがあった『氷河期』と比べて、今回のアルバムは意識的にいろいろな立場にいる登場人物の視点を入れている印象です。
「一本の筋っていうより、いろんな線が存在しているって感覚ですね」
――では、前回のフィラデルフィアのマイナー・ストリート・レコーディングスから、今回モントリオールのホテル2タンゴへとスタジオを変更した理由は?
「単純に広い世界を見たいってのがあったのと、同じ人で固まるのはもっと年をとってからでいいんじゃないか、っていう(笑)。ユニコーンズとかゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラーとかオーウェン・パレットとか、モントリオールのあの界隈の音楽って、ポップ・ミュージックなのに、ノイズやエクスペリメンタルなサウンドが作り込まれてますよね。それでいて、クラシックの要素やヨーロッパぽいニュアンスのアレンジがあって、アメリカの音楽ほど土臭くなくフワッとしてて。北米とヨーロッパの中間にいる気がするんです。あの自然な感じもあり、人懐っこさもある音楽をロック・バンドがナチュラルにやっちゃうあの感じって一体なんだろうってのがいつも気になってて。あと、みんなおっさんなのに10代みたいな気持ちが音楽に出てますよね。どこからそれがくるのか、その秘密が知りたいってのもあった。今回はそういうものにトライしてみたかったというか」
――曲自体のポテンシャルがモントリオールのサウンドを欲していた面もありますか?
「それもありました。〈これはちょっとカナダだなあ〉って(笑)。あと、僕はなぜだか知らないけど、日本に住んでる外国人に〈きみカナダ人みたいだなあ〉ってしょっちゅう言われてて。その理由を確かめたい気持ちも個人的にはあったかもしれないですね」
――(笑)
「ニール・ヤングもザ・バンドも、いわゆるアメリカン・ルーツと言われてるフォーク・ミュージックは案外カナダにありますしね。僕もアラスカやカナダの自然が好きってところもあって。そういう妄想のイメージもあったんですけど」
――実際に行ってみて自身のカナダ人ぽさに気づかれましたか?
「いや、あんまり関係なかったですね(笑)。でも、モントリオールはすごく居心地がいい街で。アメリカより外部の人に対してウェルカムなところがあり、ぎくしゃくしてないというか、アジア人たちもすごくのんびり暮らしてて。モントリオールはケベック州なんですけど、ケベック州はフランス系なので、カナダのなかでも少し特殊なんですよね。看板もほとんどフランス語だし、日常会話もフランス語で。英語も喋れるのに、プライドとしてあんまり喋りたくなさそうなところがちょっとある感じもして。ケベックでは、いわゆるカナダの赤い楓の国旗とかあまり見えないんですよ。ほとんどケベック州の旗で。ちょっと戦ってる感じがピリッっとあって。それでいながら人懐っこいところが、なんか性に合ってましたね」
――〈氷河期〉の“蠅の王”では〈家を燃やせ〉というアルバムを象徴しているような歌詞がありました。一方、 『ATOM』の1曲目“Safe House”では〈僕の家を燃やして欲しくない〉って歌われていて。自分はそこで2つの作品のシンクロニシティーを感じて、『ATOM』は『氷河期』を違う角度から語りなおした作品じゃないかという仮説がでてきたんですよね。
「なるほど。おもしろいですね。ただ、繋がってることを前提には書いてなかったですよね。いま亮太さんに言われてはじめて、自分のなかにあったんだなって気づいているという(笑)。でも僕自身そういう作品は好きですね。そういうことをする作家さんも。いわゆるスター・システムじゃないけど、違う作品がよく見たら繋がってるんじゃないかって想像させる作品は」
――実はこの時、あっちではこういうことが起こっていてみたいな
「そうそう。〈新世紀エヴァンゲリオン〉と〈ふしぎの海のナディア〉とか。」
――『ATOM』と〈氷河期〉ってめちゃくちゃそういう作品に読み取れますけどね。意識してなかったっていうことにすごくびっくりしてます。登場人物の背景も異なっているから、歌詞の言い回しも2作で違ってますよね。〈氷河期〉にはやっぱり威勢の良さがあったじゃないですか?
「ある人が〈『ロットバルトバロンの氷河期』の根底には怒りがある〉って言ってて。言われてわかったんですけど、その時の自分には冷たい怒りがあったんだなって。いまとは違う怒りがあったんだと思います。心の秘めた熱みたいなものが〈氷河期〉ってタイトルやいろんなことに合ってたんだろうな、って思います。 でも作ってるときは、怒ってぷんぷん言いながら作ってるわけじゃないので、むしろ自分が気持ちいい・心地いい状態のときに作れるんですよね。いつも家で静かなときに作る。だから〈俺は怒ってるんだー〉とかを明確に託したわけではなくて」
――今回は傍観者というか動いてない人物の視点が印象的に思いました。〈灰が降っている 僕の頭上で〉と歌われる“bIg HOPe”や、〈僕たちは逃げもせず夢のようなこの街で暮らしてる〉という“Metropolis”とか。“bIg HOPe”は、MVも作られリード曲になっていますが、このアルバムの根幹を担っている楽曲なのでしょうか?
「本質かっていうとパートな気はします。歌のテイクや関わってくれたミュージシャンもそうですけど、これはモントリオールじゃないと録れなかった曲だなと思ってます。自分の歌も史上かつてないほどの気持ちで録れたんですね。ちょっと荒いところもあるんですけど、表現の昂ぶりとか自分が新しいところに行けた曲だなと思っていて」
――この曲はジェシカ・モスのヴァイオリンにも相当昂ぶりますね。
「彼女はゴッドスピード・ユー!のエフリム・マニエル・メナックの奥さんで、ブロークン・ソーシャル・シーンなどで弾いてた方で。今回エンジニアの紹介で参加してくれたんです。彼女に〈ヴァイオリン弾いてくれないか?〉って曲を聴きながら言うと、〈ちょっとよくわかんないからあんた指揮しなさいよ〉って。で、ダニー・ケイのお笑い指揮しか見たことがない僕が指揮をするんですけど、めちゃめちゃミスりまくって怒られるっていう(笑)」
「ジェシカって人はとにかく、普通のヴァイオリニスとなのにエフェクターでファズやディレイをかけたり、スピーカーを使ってアンプで鳴らしたり、そういう実験的なアプローチをすごくやってくれて。〈もうちょっと水の表面がフロウするみたいに〉とか、そういう提案をたくさんしてくれながら。もう娘もいる人なのに、まるで10代のように楽しんで弾いてくれて。僕がこうしたいんだ〉って言ったときに相槌を打つ姿とか、レコーディング場所での立ち姿とか、彼女の生き様みたいなのがすべて姿勢に表れてたんです。彼女のレコーディング終えて夕方帰るのを見届けた後、僕が半泣きになるっていう(笑)。あまりにすごい情熱にあてられちゃって。あんなに人から影響を受けたことはないなって。雷を受けたみたいな衝撃でした。他人に弾いてもらうってのは、自分の想像を超えたところに曲をもっていきたいってところがあるし、それがセッションの醍醐味なんですけど、この曲はものすごい状態になれたんですよ。だから、アルバムを代表してるっていうよりはそこでしか録れなかった曲、〈ああもうこの瞬間しか録れない〉みたいな感じがすごく残ってたんですよね。それで選んだというか」
このバンドの軸は、夢や理想を失わず、現実を見ながら、いい着地点を探すこと
――この曲で〈今夜全てが/音を立てて変わるよ〉って歌われるような、どうしようもなく世界が動いていくことへと直面している状況は、三船さんの歌詞に頻出するモチーフですよね。今回はファミリー・レストランを舞台にしているのがおもしろいなと。
「都内から離れて車で何時間か行くと、すぐ巨大なショッピング・モールやファミレスがあったり、コンビニにも駐車場が増えるじゃないですか? それらが夜になるとガラス張りで反射して何も見えなくなる感じとか、あの独特の空気感を再現したくなったんです。そう、アメリカのツアーでも、何もない高速道路にいきなりファミレスがポツンとあったりして怖いんです。タクシーのおじさんがちょっと休憩してて、すごく態度の悪いお姉さんが乱暴にパンケーキ持ってくるみたいな。よくある郊外の景色を音楽にしたいと思った時、そういう場所が気づいたら水族館みたいに水浸しになってたらどうだろうとか、この外を鮫が泳いでたらすごいなとか浮かんできたんです」
――いま鮫のイメージを伝えてくれましたけど、今作には「ゾンビ」や「フランケンシュタイン」などホラー映画が下敷きになったのかなと思わせる楽曲がいくつかあります。実際80、90年代のSF映画がインスピレーションの一つだったそうですね。
「今年の頭くらいにセカンド・ハンズ・ストアでKORGの80年代くらいの古い安いシンセサイザーを買ったんですよ。もっと先にはポリシックスとかモノポリーとか名器と言われるシンセが出てくるんですけど、その前の機種で、全然機能もしょぼくて。そのサウンドを買った時に〈あ、なんか聴いたことがあるな〉って。それで遊んでるうちに、ちょろちょろ出てきた曲が、自分が小さいときに見ていた映画っぽさがあったんですね。その時代、90年代後半とか2000年に入るちょっと前って、テレビで外国の映画やってくれてたじゃないですか」
――そうですね。
「ありましたよね。いまの子供たちはあんまりテレビで洋画を見る機会がないんだろうなとは思うんですけど。僕らのときにやってたのは決まってポール・バーホーベンの〈ロボコップ〉とか〈トータル・リコール〉とか。うちの母がSFが好きで、小さい頃はよく一緒に映画を見て、ゴジラやウルトラマンとか特撮もすごく好きだったんですけど、特に覚えてるのは〈ターミネーター〉だったり〈エイリアン〉だったり。やっぱり〈スター・ウォーズ〉の流れからずっとSFブームが続いていた感じが自分の中にはあって。それらのサウンドトラックにはだいたいサックスのブラス・サウンドが後半に入ってきたり、しょぼいゲート・リヴァーブのかかった電子ドラムの音が入ってたりとか。10代くらいになってロック・ミュージックに触れるようになると、あのサウンドってすごいダサいなーと思って近づきもしなかったんですけど(笑)」
――その感覚わかります。
「なんですけど、KORGのシンセを買ったことがトリガーになって、そこに一回ちゃんと向き合っといたほうがいい、向き合う必要があるんだなって思ったんです。いまそれらのSFを見ると、冷戦が終わる間際だったし、核戦争が起きてディストピアになるみたいなことが平気で題材になってましたよね。日本もまだ景気が良かったし、暗い話でも楽しめたところがあった。自分も、大きくなったら世界が崩壊してみんな缶詰を食べてレジスタンスのように籠って生きるのかと思ってましたし(笑)。現実はそうはならなかった。でも、ふと考えてみると、みんなが一番ワクワクできることが、 宇宙の代わりに、スマホとかタブレットとかシリコンヴァレーで起きていることに変わっただけなのかなって。一人一台カメラを持ってSNSで発信して、それはすごく楽しいし、僕もほんとに楽しめてるんですけど、同時にそれは90年代のSFにあった、すべてを機械に監視されている社会に近づいたんだなって思って。 グーグルはこの世にあるすべての情報を集めたいっていう理念の会社だし、機械VS人間の戦争にはならないかもしれないけれど、〈当時の映画もわりと外れてないな〉って思ったんですね。それで〈2015年に過去に描いた未来の音が鳴ったらおもしろいんじゃないか〉って思えたんですよ」
――〈ターミネーター〉最新作で、スカイネットはOSになっていましたしね。
「ははは。楽しいことと悲しいことが両方含まれてますよね。Googleマップで好きな場所を調べられるし、会う前に待ち合わせの場所を調べるのとかも楽しいし、あの場所行ったなとか思いだせるけど、そこに写っちゃってる人とか、そういうものは丸裸にされてる気もして。でも最終的に地球が滅んだときに、どこかの宇宙人がHDを回収して、こんな世界があったのかーって思えたら、それはそれでいいのかもしれない」
――“X-MAS”のサックスの音はもろにあの時代ってニュアンスでした。
「ちょっとクサいというか。僕の中であのサウンドは必要だなと変に思ってて。打ち込みの電子ドラムも入れてるし。カナダ人にもウケてました」
――“X-MAS” の歌詞を読むと、権力者が高層ビルから暴動を眺めながら自分の時代の終わりを諦観するっていうイメージがわき上がってきて、すごく「ファイト・クラブ」の最後っぽいなって思ったんですね。
「あのピクシーズの“Where Is My Mind”が流れる」
――で、実際に“X-MAS”聴きながら「ファイト・クラブ」のエンディング見ると、すごく合っていて。
「ははは!(爆笑)」
――かつ、そのあとの“ATOM”がちょっと"Where Is My Mind"ぽいんですよね。
「あー、そうかもしれない。バンドを始めた頃は特にピクシーズやニュートラル・ミルク・ホテルなど、アコースティック・ギターをかっこよくバンドで鳴らしてる人たちはすごい好きだったから。ピクシーズはヒーローのひとつですね」
――最後の質問です。『ATOM』は、さまざまな立場からの視点を描くことで、矛盾や対立も内包した、立体的な世界を作り上げています。ROTH BART BARON、ひいては三船さんが、今回そうした表現に向き合った理由は?
「コンピューターやITが発達してスマートフォンが出てきて、子供の写真録って〈かわいいな、幸せだな〉って即共有できる世の中になったけど、そのスマホに使われてるレアメタルの素材は地球の裏側の子供たちが、とんでもない安い賃金で昼も夜も働いて採ったものかもしれない。そのことが、皮肉にもこのちっちゃい画面(スマホを指さしながら)から得られる情報でなんとなくわかるようになったじゃないですか。いまの日本は〈原子力に頼らない生活を〉って舵を取ろうととしてるけど、ここ何年か原子力を使わずに火力発電に依存していることが原因で、いままでにないほどの二酸化炭素を排出してるわけで。ここ何年か確実に東京の夏は暑くなってますし。その電気を使って音楽をすることで地球の寿命を縮めてるんじゃないの、って。 そこそこ小奇麗に生活できてても、みんな心にモヤモヤしたものを持ちながら、なんとか生きてるみたいなところはありますよね」
――ええ。
「一つの意見だけだと解決しないことがたくさんあるなって思ってるんです。自分の実体験でそういうことが起きたかって言われるとわからないですけど、常にそういうことを考えちゃうんですよね。考えてるだけで何も動かないのは違うなとも思いますけど、でも相反する、コインの裏表みたいに、それらは剥がせないですよね。そういうところはちゃんと向き合っておきたい。ル=グヴィンの小説も好きなんですけど、そういうことを描いているし、すごく共感するところが多い。煮え切らず〈わかんないんです〉って投げ出すのも手だし、〈じゃあこれはどうしたらいいんだろう〉って考えてもいいし、〈見ないようにして生きていきます〉ってのもある。いろんな方法があると思うんです。でも、このバンドにとっては、夢や理想を失わないで、現実を見ながら、いい着地点を探すってのが軸なんだと思います」
〈ROTH BART BARON TOUR 2015-2016『ATOM』〉
2015年11月8日(日)代官山UNIT
2015年11月19日(木)高松TOONICE
2015年11月20日(金)木屋町UrBANGUILD
2015年11月23日(月・祝)広島CLUB QUATTRO
2015年11月28日(土)仙台HELLO INDIE2015
2015年12月11日(金)松本Give me little more.
2015年12月12日(土)富山フォルツァ総曲輪
2015年12月13日(日)金沢ART GUMMI
2015年12月23日(水・祝)名古屋RAD HALL
2015年12月24日(木) 鴨江アートセンター
2016年1月8日(金)鹿児島SR hall
2016年1月9日(土)宮崎LIVE HOUSE ぱーく.
2016年1月10日(日)福岡the Voodoo Lounge
2016年1月11日(月・祝) 徳島CROWBAR
2016年1月17日(日)大阪CONPASS
2016年1月23日(土)札幌PROVO
2016年2月5日(金)仙台retoro Back Page.
2016年2月11日(木・祝)熊谷HEAVEN'S ROCK 熊谷VJ-1
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