ジェシカ・モスとの録音は雷を受けたみたいな衝撃で、僕が半泣きになるっていう
――魅力的な場所ですね。では、話を新作へと進めましょう。バンドが〈氷河期〉から今作の『ATOM』へとモードが切り替わったのはどのタイミングからだったのでしょうか?
「意識的ではなかったですね。2014年が終わり、新年からいろいろセッションやったり新しい曲が進んでいくなかで、その転がりが坂を落ちていくようにだんだんスピードが上がってきて、〈ああもう元に戻れないな〉ってところで、『ATOM』のモードに気づくっていう。だから〈さあ変えるぞ〉って変わったわけではなくて、緩やかに。それでいて、〈氷河期〉とは違うムードがあって、〈氷河期〉の方法論が自分の中でどんどん通用しなくなってることに徐々に気づき始めましたね」
――『ATOM』を聴いて、3つ仮説を立ててみたんですね。すべて『氷河期』をふまえたものなんですけど。
1『ATOM』は〈氷河期〉で蜂起した子供たちが大人になったあとのストーリー
2『ATOM』は〈氷河期〉を、前作に登場しなかった人物たちの視点から語りなおしたもの
3『ATOM』は〈氷河期〉以前の世界を描いたプリクウェル
「うん、おもしろいです」
――いずれにせよ、今作と前作はすごく密接した位置にある作品だと解釈したんです。三船さん的には、これら2作はどう位置づけられているのでしょう?
「繋がってはいないのかなと思ったら、従妹くらいだったって感じかな。前作は『ロットバルトバロンの氷河期』ってタイトルのもと、生まれてきた連中が多かったんですど、『ATOM』はどちらかと言うと1曲1曲をインディペンデントなものにしようってのが裏テーマとしてはあったんです。でも意外とそうならなかったですね」
――ひとつの視点、同一人物の主観だと想像できるところがあった『氷河期』と比べて、今回のアルバムは意識的にいろいろな立場にいる登場人物の視点を入れている印象です。
「一本の筋っていうより、いろんな線が存在しているって感覚ですね」
――では、前回のフィラデルフィアのマイナー・ストリート・レコーディングスから、今回モントリオールのホテル2タンゴへとスタジオを変更した理由は?
「単純に広い世界を見たいってのがあったのと、同じ人で固まるのはもっと年をとってからでいいんじゃないか、っていう(笑)。ユニコーンズとかゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラーとかオーウェン・パレットとか、モントリオールのあの界隈の音楽って、ポップ・ミュージックなのに、ノイズやエクスペリメンタルなサウンドが作り込まれてますよね。それでいて、クラシックの要素やヨーロッパぽいニュアンスのアレンジがあって、アメリカの音楽ほど土臭くなくフワッとしてて。北米とヨーロッパの中間にいる気がするんです。あの自然な感じもあり、人懐っこさもある音楽をロック・バンドがナチュラルにやっちゃうあの感じって一体なんだろうってのがいつも気になってて。あと、みんなおっさんなのに10代みたいな気持ちが音楽に出てますよね。どこからそれがくるのか、その秘密が知りたいってのもあった。今回はそういうものにトライしてみたかったというか」
――曲自体のポテンシャルがモントリオールのサウンドを欲していた面もありますか?
「それもありました。〈これはちょっとカナダだなあ〉って(笑)。あと、僕はなぜだか知らないけど、日本に住んでる外国人に〈きみカナダ人みたいだなあ〉ってしょっちゅう言われてて。その理由を確かめたい気持ちも個人的にはあったかもしれないですね」
――(笑)
「ニール・ヤングもザ・バンドも、いわゆるアメリカン・ルーツと言われてるフォーク・ミュージックは案外カナダにありますしね。僕もアラスカやカナダの自然が好きってところもあって。そういう妄想のイメージもあったんですけど」
――実際に行ってみて自身のカナダ人ぽさに気づかれましたか?
「いや、あんまり関係なかったですね(笑)。でも、モントリオールはすごく居心地がいい街で。アメリカより外部の人に対してウェルカムなところがあり、ぎくしゃくしてないというか、アジア人たちもすごくのんびり暮らしてて。モントリオールはケベック州なんですけど、ケベック州はフランス系なので、カナダのなかでも少し特殊なんですよね。看板もほとんどフランス語だし、日常会話もフランス語で。英語も喋れるのに、プライドとしてあんまり喋りたくなさそうなところがちょっとある感じもして。ケベックでは、いわゆるカナダの赤い楓の国旗とかあまり見えないんですよ。ほとんどケベック州の旗で。ちょっと戦ってる感じがピリッっとあって。それでいながら人懐っこいところが、なんか性に合ってましたね」
――〈氷河期〉の“蠅の王”では〈家を燃やせ〉というアルバムを象徴しているような歌詞がありました。一方、 『ATOM』の1曲目“Safe House”では〈僕の家を燃やして欲しくない〉って歌われていて。自分はそこで2つの作品のシンクロニシティーを感じて、『ATOM』は『氷河期』を違う角度から語りなおした作品じゃないかという仮説がでてきたんですよね。
「なるほど。おもしろいですね。ただ、繋がってることを前提には書いてなかったですよね。いま亮太さんに言われてはじめて、自分のなかにあったんだなって気づいているという(笑)。でも僕自身そういう作品は好きですね。そういうことをする作家さんも。いわゆるスター・システムじゃないけど、違う作品がよく見たら繋がってるんじゃないかって想像させる作品は」
――実はこの時、あっちではこういうことが起こっていてみたいな
「そうそう。〈新世紀エヴァンゲリオン〉と〈ふしぎの海のナディア〉とか。」
――『ATOM』と〈氷河期〉ってめちゃくちゃそういう作品に読み取れますけどね。意識してなかったっていうことにすごくびっくりしてます。登場人物の背景も異なっているから、歌詞の言い回しも2作で違ってますよね。〈氷河期〉にはやっぱり威勢の良さがあったじゃないですか?
「ある人が〈『ロットバルトバロンの氷河期』の根底には怒りがある〉って言ってて。言われてわかったんですけど、その時の自分には冷たい怒りがあったんだなって。いまとは違う怒りがあったんだと思います。心の秘めた熱みたいなものが〈氷河期〉ってタイトルやいろんなことに合ってたんだろうな、って思います。 でも作ってるときは、怒ってぷんぷん言いながら作ってるわけじゃないので、むしろ自分が気持ちいい・心地いい状態のときに作れるんですよね。いつも家で静かなときに作る。だから〈俺は怒ってるんだー〉とかを明確に託したわけではなくて」
――今回は傍観者というか動いてない人物の視点が印象的に思いました。〈灰が降っている 僕の頭上で〉と歌われる“bIg HOPe”や、〈僕たちは逃げもせず夢のようなこの街で暮らしてる〉という“Metropolis”とか。“bIg HOPe”は、MVも作られリード曲になっていますが、このアルバムの根幹を担っている楽曲なのでしょうか?
「本質かっていうとパートな気はします。歌のテイクや関わってくれたミュージシャンもそうですけど、これはモントリオールじゃないと録れなかった曲だなと思ってます。自分の歌も史上かつてないほどの気持ちで録れたんですね。ちょっと荒いところもあるんですけど、表現の昂ぶりとか自分が新しいところに行けた曲だなと思っていて」
――この曲はジェシカ・モスのヴァイオリンにも相当昂ぶりますね。
「彼女はゴッドスピード・ユー!のエフリム・マニエル・メナックの奥さんで、ブロークン・ソーシャル・シーンなどで弾いてた方で。今回エンジニアの紹介で参加してくれたんです。彼女に〈ヴァイオリン弾いてくれないか?〉って曲を聴きながら言うと、〈ちょっとよくわかんないからあんた指揮しなさいよ〉って。で、ダニー・ケイのお笑い指揮しか見たことがない僕が指揮をするんですけど、めちゃめちゃミスりまくって怒られるっていう(笑)」
「ジェシカって人はとにかく、普通のヴァイオリニスとなのにエフェクターでファズやディレイをかけたり、スピーカーを使ってアンプで鳴らしたり、そういう実験的なアプローチをすごくやってくれて。〈もうちょっと水の表面がフロウするみたいに〉とか、そういう提案をたくさんしてくれながら。もう娘もいる人なのに、まるで10代のように楽しんで弾いてくれて。僕がこうしたいんだ〉って言ったときに相槌を打つ姿とか、レコーディング場所での立ち姿とか、彼女の生き様みたいなのがすべて姿勢に表れてたんです。彼女のレコーディング終えて夕方帰るのを見届けた後、僕が半泣きになるっていう(笑)。あまりにすごい情熱にあてられちゃって。あんなに人から影響を受けたことはないなって。雷を受けたみたいな衝撃でした。他人に弾いてもらうってのは、自分の想像を超えたところに曲をもっていきたいってところがあるし、それがセッションの醍醐味なんですけど、この曲はものすごい状態になれたんですよ。だから、アルバムを代表してるっていうよりはそこでしか録れなかった曲、〈ああもうこの瞬間しか録れない〉みたいな感じがすごく残ってたんですよね。それで選んだというか」