もしもジェイムズ・ブレイクとオーラヴル・アルナルズが手を取り合い、70年代のシンガー・ソングライターを参照しながらエレクトロ・ポップを作り上げたら?――そんな一見デタラメにも思える妄想を現実にしたかのような、ユニークな音楽性で話題を集めるロンドンの男女デュオがオー・ワンダー(Oh Wonder)だ。ポスト・ダブステップ以降の今日的なサウンド・デザインに基づき、優雅でクラシカルな旋律を携えたピアノやストリングスが、心の機微をデリケートに表現したメロディーと溶け合っていく。その色鮮やかでセンチメンタルな楽曲群は、いまや世界中でリスナーのハートを掴みつつあるようだ。
事の始まりは2014年にまで遡る。それまでソロ・ユニットとして活動していたジョセフィーン・ヴァンダー・ギュットと、ローカル・バンドのプロデュースなどを行っていたアンソニー・ウェストが、初めてコラボレーションした楽曲“Body Gold”をSoundCloudにアップ。その再生回数はみるみるうちに上昇し、公開後数週間が経った頃には10万回を突破したという。このバズを皮切りに、彼らはSoundCloudに毎月1曲ずつアップするというチャレンジを行い、オンラインに公開されるたびにオー・ワンダーの名は世界中へと拡散していくことになる。
ここ日本でも、今年に入って『Oh Wonder』の輸入盤が一足早く発表されると、早耳リスナーたちの間で賛辞の声が飛び交い、いよいよ日本盤がリリースされる運びとなった。そこでMikikiでは、ポスト・インターネット時代らしいサクセス・ストーリーを歩むオー・ワンダーが結成されるまでの道のりと、独自のサウンドを作り上げたプロセスを知るべく、ジョセフィーンとアンソニーの2人に電話インタビューを行った。
――アルバムを聴いて、さまざまな音楽の要素を採り入れながら、不必要にサウンドを複雑にすることなく、どの楽曲もエレガントに仕上がっている点に感銘を受けました。まずは、そのヴォキャブラリーがどのように形成されてきたのかを教えていただきたいです。どういった音楽を好んで聴いてきたのでしょう?
ジョセフィーン・ヴァンダー・ギュット「ファイストはよく聴いてたわ。オーストラリア出身のアンガス&ジュリア・ストーンという姉弟の曲も好き。それにホセ・ゴンザレスやジェイムズ・テイラー、あとはエルトン・ジョンも大好き(笑)」
アンソニー・ウェスト「10代の時はパンクも聴いてたよ。兄貴がかなりハマってて、ペニーワイズとかを聴いてた。だから、僕は子供の頃からいろんなバンドに入ってたんだ。いまに比べると断然ヘヴィーな音楽を聴いてたし、自分でも演奏していたね。そういう音楽を聴くと、いまでも当時の記憶が蘇ってくるよ(笑)」
――ジョセフィーンはクラシックの素養があり、アンソニーはプロデューサーとして活動していたそうですね。オー・ワンダーを結成する以前は、ミュージシャンとしてどのようなキャリアを歩んできたのでしょうか?
ジョセフィーン「私はレイラ(Layla)という名義でソロ・アーティストとして活動していたの。その頃はウェイトレスとして働いたり、本屋にも勤めていた。そうやって他の仕事をやりながら音源をリリースしていたわ。アンソニーはいくつかバンドに入ってて……」
アンソニー「そう。バンドでツアーに出たりしてたんだ。音楽をやりたいというのは前からハッキリしてたから、大学には行かず、お金を稼ぐためにプロデュース業を始めて、ローカル・バンドを手掛けたりしていた。その間ももちろん演奏していたし、それがオー・ワンダーを始める前のバックグラウンドだと言えるね」
――それで、2人はどのようにして出会ったのでしょう?
アンソニー「最初にスタジオで会った瞬間、お互いが同じ音楽への興味を持っていることに気付いたんだ。お気に入りの曲なんかも全部一緒でさ。そこですぐに、2人でなにか始めるべきだという話になった。ジョセフィーンとは、5年くらい前に共通の友達のプロデュースをしたことがきっかけで知り合ったんだ。初めて会ってから数か月後には、もう一緒に曲を書きはじめていたよ。なにか目的があったわけではなかったけど、ただプロセスが楽しくて。それで3年前くらいから本格的に活動する話をしはじめて、今日に繋がるって感じだね」
――お互いについて、それぞれミュージシャンとして特徴的な点、他人にはない武器だと思えるものはなんですか?
ジョセフィーン「彼は穏やかで、優しくて、寛大な人。すごくインスピレーションを与えられるし、やる気に満ちていて、行動派なの。私が知っているなかでも一番の働き者よ。他人を理解することにも長けていて、ソングライティングにもそれが活かされていると思うわ。自分中心に物事を考えず、いろいろな観点から物事を見ることができるの」
アンソニー「ジョセフィーンは才能に溢れた女性だし、ライヴでの彼女を観たらわかると思うけど、生粋のパフォーマーだと思う。音楽と一つになってステージで踊って、それが観客にも伝わっているんだ。最前列にいるオーディエンスはみんなジョセフィーンを見つめていて、彼女がやっていることがそっくりそのまま彼らに映し出されているかのように、みんなが彼女と同じ動きをしているんだよ。それくらい人にインスピレーションを与えることができるのは素晴らしいと思う。彼女は常に波を起こしているんだ」
――オー・ワンダーの前はワンダー・ワンダー(Wonder Wonder)という名義を使っていたみたいですね。ユニット名の由来を教えてください。
ジョセフィーン「私たち、〈wonder〉という言葉が好きだからこのユニット名にしたのよ。〈wonder〉は関心、知りたがり、疑問を持ったり、外の世界に憧れるとか、そういったことを表す言葉なの。常になにかに挑戦することを意識して、〈どうやって? なぜ?〉と常に探求し続ける。それってすごく大切だと思うのよね。だから〈wonder〉という言葉を使いたかったの」
――SoundCloudに毎月1曲ずつアップして知名度を獲得するという、ユニークなスタイルを取ることにしたのはなぜでしょう?
ジョセフィーン「あれは私たちのアイデアよ。オー・ワンダーを始める前から2人とも音楽をリリースしてきたんだけど、スロウペースなお決まりのリリース形式ってあるじゃない? 曲がいくつか出来上がるまで待って、そこからリード・シングルを選んで、じっくり売り込んでいく……みたいな。それだと、完成からリリースまでの間に半年くらいかかっちゃう。だから、それとは違う新しい方法にチャレンジしたかったのよね」
――その挑戦で得られたものは?
ジョセフィーン「なにかを生み出す力を私たちに与えてくれたし、仕上がったらすぐに曲をリリースすることができたわけよね。出来立てホヤホヤの作品をすぐにオーディエンスとシェアすることができたから、もっとパワフルな何かをみんなに与えることができたと思う。作品が新鮮だからこそ、私たち自身もその作品に対して興奮しているし、自分たちでも未知の部分があるから(リアクションにも)ソワソワするのよね。あの経験からは多くを学んだわ。プレッシャーの下での作業もこなせるようになったし、人々の反応もたくさん聞けたし、リリースすることにも慣れて、そのたびにエキサイティングな気持ちになれるようになったと思う」
――インターネット上は情報で溢れているわけで、リスナーの興味を惹くような曲を定期的に作るというのは大変だと思います。なにか継続するために取り組んだことはありましたか?
アンソニー「いや、特に何もしてない(笑)」
ジョセフィーン「私たち、あまりそういうのは気にしないのよね。それが逆に良かったのかも。もともとオー・ワンダーはお互いが楽しむためのサイド・プロジェクトで、大きな期待もしてなかったから、友達に頼んで広めてもらうこともなかったし、ただ自分たちがリリースしたいと思えるものを世に送り出していただけなのよね。ギラギラした執着心のなさが良かったんじゃないかしら」
アンソニー「たぶんだけど、自分たちのオリジナリティーは2人で曲を作って歌っているところから生まれているんだと思う。男女両方の世界観を持っていて、それが男女両方の声で歌われているから、より多くの人々との繋がりが生まれたんじゃないかな。女性はジョセフィーン、男性は僕の声に共感できるんだと思う。そうやって、リスナーと曲とのコネクションが出来上がっていくのかもしれないね。そういう要素を持つ音楽って、実はあまり多くない気がしない?」
――サウンド・プロダクションで強く意識している点を教えてください。
アンソニー「とにかく、できるだけシンプルにすることを心掛けているんだ。特に最近は、曲をおもしろくするためにプロダクションに頼りすぎている作品が多いと思うけど、それだと本物ではなくなってしまうからね。だから僕たちは、可能な限り曲そのものの力でなにかを伝えることを意識してるよ」
――そういった面で影響を受けたアーティストはいますか?
ジョセフィーン「ジョニ・ミッチェルね。音そのものというより、アプローチの仕方に影響されているわ。2人とも彼女のアルバムを聴いて育ってきたし、その声にも驚かされてきた。それに、ギターと声だけであれだけのものを伝えることができるのがすごいわよね。〈Less is more〉 (少ないことは豊かなこと)という表現がピッタリ。良い曲とコーラスがあれば、プロダクションがあまり必要ないんだということを彼女から学んだの」
――ちなみに、ジェイムズ・ブレイクについてはいかがでしょう?
ジョセフィーン「影響はあるとは思うけど、直接的ではないと思う。彼のレコードはもちろん大好きよ。少ないレイヤーでさまざまなことを成し遂げてるわよね。ピアノと声の上に、ほんの少しだけ他のアイデアを乗せて感情を表現できるマスターだと思う。その点は本当に素晴らしいと思うわ」
――実験的な側面と共に、ポップで馴染みやすいメロディーも印象的です。メロディーメイカーとして大事にしていることを教えてください。
ジョセフィーン「もともと私たちが昔のポップスにおけるソングライティングが好きだから、そこから来てるんだと思う。あとは、マックス・マーティンみたいな人が手掛けるキャッチーなメロディーの大ファンなの。私たちのプロダクションはミニマルだし、オリジナルでおもしろいサウンドを作ろうと意識しているけど、一方でポップさも残すように心掛けているのよ」
――“Drive”のストリングスや“Without You”のピアノなど、アルバムの随所で聴けるクラシカルな演奏も印象的です。
ジョセフィーン「私はストリングスが好きなのよね。弦の響きはなにかマジカルなものを生むと思うから。特にクァルテットだと、すごくエモーショナルなサウンドが生まれるのよ! あとは、ピアノで曲を書くからその音は必然的に入ってくるの」
――クラシック音楽からの影響について教えてください。
ジョセフィーン「ドビュッシーとかベートーヴェンも好きだし、最近ではもっとサウンドトラックっぽいクラシック音楽をよく聴いているの。ドイツのマックス・リヒターが2人とも大好きで、なかでも一番のお気に入りは、彼がヴィヴァルディの〈四季〉を改作したアルバムね。いままで聴いたなかでも、もっとも美しい作品の一つだった。何百年も前に書かれた曲なのに、とても新鮮に聴こえたわ。すごく美しいアルバムだから、ぜひ聴いてみて!」
――サックスで参加しているウィリアム・ヴァンダー・ギュットは、ジョセフィーンの兄弟でしょうか?
ジョセフィーン「そう、弟よ。彼は大学で音楽を学んだ、サックスからクラリネットまで何でもプレイできるジャズ・ミュージシャンなの。“Drive”と“Lose It”がすごくジャズっぽい曲に仕上がったから、サックスを入れたくなって、弟に頼んだらすごく乗り気だった。NYではショウで何度か一緒にプレイしたのよ」
――マスタリングを担当しているアントニー・ライアンは、過去にリリーズ・オン・マーズやコリーンなどを手掛けてきた方ですよね。
アンソニー「曲を毎月アップしていた頃から、マスタリングはすべて彼にお願いしていたんだ。デンマークのコペンハーゲン北部に住んでいるから一度も会ったことがなくて、週に数回メールで連絡を取るだけだったんだ。でも、(電話取材の)2週間前にコペンハーゲンに行って、ついに彼と対面したんだよ。すごく良い人だったな」
ジョセフィーン「その時、彼も感動していたわよね? 私たちのレコーディング・プロセスで自分たち以外に関わっているのは彼だけだったし、ステージから彼の名前を叫んだの。すっごく良い人なのよ」
――他のインタヴューで、デス・キャブ・フォー・キューティーのベン・ギバードが好きだと語っているのを読みました。確かに本作からも、デスキャブや(ベンが参加する)ポスタル・サーヴィスからの影響が感じられますが、彼のどういったところが好きなのでしょう?
ジョセフィーン「曲のなかでたくさんのストーリーを伝えているところね。彼の書く歌詞はすごくディープだから。“Brothers On A Hotel Bed”がお気に入りの曲で、10年間ずっと聴き続けてるわ。それくらい大好き。10年前にはわからなかったけど、いまになってあの曲の伝えようとしていることが理解できるようになった気がする。彼は決して内容を明確にしないから、何度も聴き返さないといけないの。層が厚いのよね。だから飽きることがないのよ」
――シンパシーを抱いている若いミュージシャンはいますか?
アンソニー「ビリー・マーティンという女の子がいるんだけど、彼女の声はナチュラルで魔法みたいなんだ。ピアノのサウンドも素晴らしいし、曲もすごくクール。彼女は成功すると思うね。確かイギリス南部の出身で、まだ17歳なんだけど本当にすごいよ」
――音楽メディアが年間ベストを発表するシーズンに差し掛かっていますが、お2人のフェイヴァリット・アルバムを教えてください。
アンソニー「今年は良い作品がいっぱいあったな。僕のお気に入りはステイヴスの『If I Was』。彼女たち3人が一緒に歌うと、何かマジカルなものが生まれるんだ。あれは素晴らしいサウンドだね」
ジョセフィーン「エヴリシング・エヴリシングの『Get To Heaven』。あれには驚かされたわ。実験的だしストレンジで素晴らしかった。ライヴもすごく良かったの」
――日本にもすぐ来れるといいですね!
ジョセフィーン「早く行きたいわ! それまでに日本語を勉強しておかないと。〈ハジメマシテ〉と〈ヨロシク〉は言えるの(笑)。みんなに日本で会えるのを楽しみにしてるわね!」