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『Puzzle』当時のアーティスト写真

『Puzzle』の作品的魅力を改めて語る

――そんな感じで、まずは早耳リスナーの間で話題になって、『Puzzle』の輸入盤が日本各地のレコード店で爆発的にヒットしていった。

チャーベ「とはいえ、そこから洋楽の日本盤が20万枚も売り上げるのはすごすぎますよね。桁が違う」

Keishi「それこそカーディガンズの時みたいに、広く洋楽ファンに届いたんでしょうね」

チャーベ「普通のOLさんとかも買ってたでしょうし。とにかくラジオでよくかかってたから」

――その前にヒットしていたベン・フォールズ・ファイヴみたいに、洒脱で気の利いたポップスとして受け止められたというか。

チャーベ「うんうん、そうかも」

――そしてスタンダード化して、いまでもラジオで頻繁にプレイされている。それだけの強度が曲にあるということですよね。

チャーベ「改めて『Puzzle』を聴いてみても、やっぱり(曲を)覚えてますもん。当時聴きまくっているせいもあるけど。〈ああ~そうだった、そうだった。超懐かしいよね〉って、うちの奥さんと盛り上がったりして(笑)。1曲目が“Heartbeat”じゃないっていうのも、すごくいい」

――“Yellow Butterfly”ですよね。始まり方も素晴らしい曲で。

Keishi「僕も好きですね、ヴォーカルからはじまるアレンジも含めて。こういうウィスパー・ヴォイスを意識したのも、これが初めてだったかも。歌い上げない、〈歌〉というより〈声〉みたいなヴォーカルをとても羨ましく思いましたね」

チャーベ「それにやっぱり、グザヴィエの声がいいよね。浸っちゃう」

――よくゾンビーズのコリン・ブランストーンと(歌声を)比較されてましたよね。グザヴィエ本人も意識していたみたいだし。

Keishi「そうですよね、わかる気がします。曲の組み立て方も。今回のブックレットでも、コリン・ブランストーンのことに触れてましたよね。当時、レコーディング中のNYで『One Year』を入手した話とか。あのアルバムのストリングスも、彼らに影響を与えているんでしょうね」

――〈『Wallpaper For The Soul』のサウンドにも繋がった〉と書いてありましたね。

Keishi「やってみたくなるアイデアなんですよね。自分の話ですけど、“あこがれ”という曲は『One Year』みたいな耳触りにしたかったんです。それでギターを入れずにオーケストラだけのアレンジにしてみて。もちろん別物ではありますが、とても気に入ってます」

コリン・ブランストーンの71年作『One Year』収録曲“Caroline Goodbye”

Keishi Tanakaの2015年作『Alley』収録曲“あこがれ”

チャーベ「そういえば、2001年くらいにタヒチが来日した時の打ち上げの席で、エッグストーンとゾンビーズのレコードがすごく欲しいと言ってましたね。〈フランスには流通してないから〉ってグザヴィエが探してて」

――へー!

チャーベ「あとは橋本(徹)さんが、Cafe Apres-midiやフリー・ソウルのコンピをたくさんプレゼントした時に、ものすごく喜んでました。やっぱり名曲揃いだから」

エッグストーンの92年作『In San Diego』収録曲“Sun King”。スウェディッシュ・ポップを代表する名盤

――フリー・ソウルは日本で独自発展した文化/ムーヴメントですけど、タヒチの音楽性にもフリー・ソウルの価値観を通過してるような側面があるというか。

チャーベ「そうですね。ブルーアイド・ソウルの新解釈みたいな」

――いろんな文脈が入り組んでますよね。ソフト・ロックもそうだし、“Yellow Butterfly”ではカンを意識したクラウトロックの反復ビートを採り入れていたり。

チャーベ「そうそう。(『Puzzle』の)後ろのほうに収録されてる“Things Are Made To Last Forever”はマンチェスターっぽいし。あの曲はヨーロッパのポップ・ミュージックって感じがすごくします」

Keishi「“When The Sun”のストリングス・アレンジもいいですよね」

――このアルバムでお2人が特に好きな曲は?

チャーベ「なんだろう……? いつもアルバムを通して聴いてたんですよね。逆に“Heartbeat”は(聴きすぎて)飛ばすくらいの勢いだったかも(笑)」

Keishi「この対談前にツアー中の車で繰り返しリピートしてたんですけど、“Heartbeat”は何度聴いてもね……いい曲すぎる(笑)。あと僕は1曲目の“Yellow Butterfly”が好きです」

チャーベ「“Yellow Butterfly”もそうですけど、“Heartbeat”もイントロがないじゃないですか。〈せーの!〉で歌ってるのだと、フェニックスの“If I Ever Feel Better”もそうですよね。あちらはハイハット一発入るけど、あのガッ!て始まる感じが好き(笑)」

フェニックスの2000年作『United』収録曲“If I Ever Feel Better”

Keishi「単純にアガりますよね。そこからシンセ・テーマが入るまでの尺も絶妙だし」

――今回のデラックス・エディションには、メンバーが当時を振り返るブックレット型ファンジンも付いてくるんですけど、いろいろ種明かしをしていておもしろいんですよね。“Heartbeat”のコード進行はビーチ・ボーイズの“God Only Knows”が下敷きだった、みたいなエピソードがたくさん収録されていて。

チャーベ「〈あ~、なるほど!〉ってなりますよね。おもしろい」

ビーチ・ボーイズの66年作『Pet Sounds』収録曲“God Only Knows”

――(“Heartbeat”は)ミックスの段階で、トーレ・ヨハンソンがかなり手を加えていたというのも驚きで。

Keishi「〈冷たい人だった〉と書いてありましたよね(笑)。〈アンディ・チェイスが冷たい人だとしたら、トーレ・ヨハンソンは氷漬けだった〉みたいな」

※『Puzzle』のプロデューサー。同アルバムにも参加したファウンテインズ・オブ・ウェインのアダム・シュレシンジャーと共に結成されたアイヴィでも活躍

チャーベ「カジ(ヒデキ)くんが言ってました、彼は普通にコードを変えたりするんだって」

――今回収録されているデモ音源と聴き比べても、ビフォー・アフターでだいぶ変わってますよね。音の順序が入れ替わっていたり、もともと入ってた音がカットされていたり。

Keishi「音色どうこうより、(曲自体の)方向性を決めていくみたいな」

チャーベ「トーレは2000年にプロトゥールスに移行してるんですよね。タンバリン・スタジオといえばアナログ感溢れるサウンド……みたいによく言われますけど、デジタルの機材も多く使っていて。編集についても、超早い段階からデジタルでやっていた」

――改めて聴いてみて、そういうプロダクションの先鋭性に驚かされました。ドラムの録り方がポスト・ロック的であったりだとか、そういう技がさりげなく発揮されていて。

チャーベ「やっぱりポップ・マニアですよね。コーラスのエフェクト一つ取っても、〈あの音、どうやって作ってるんだろうねー〉みたいに喋りながら録ってるのが伝わってくるというか。しかもジャンルに縛られてない」

――モロにキンクスみたいな曲(“Mr. Davies”)が入ってるのも、そういう部分ですよね。同時期に発表されたカヴァーの選曲にも、それが反映されてますし。ARケインの“A Love From Outer Space”も、やっぱりマニアックなセレクトじゃないですか。

チャーベ「それもよくDJでかけました。やっぱりヨーロッパ人の感覚なのかなー。でも当時の日本に来て、Cafe Apres-midiのコンピと出会ったりしたのは、後年の彼らにとっても大きかった気がするんですよ。〈このコンパイルの仕方はなんだ!〉〈渋谷ってなんなの? レコード屋さんがこんなにあるの?〉みたいな。たぶん音楽やってる人なら、2000年前後の渋谷は誰でも影響を受けたと思う。ちょっとおかしかったですもん。だから『Puzzle』も20万枚売れたわけで」

――そういう土壌が当時の日本にあったと。

チャーベ「そうそう。みんなが〈キター!〉となってましたから。時代的にも、レコードを買う人がいまより遥かに多かったし、〈次はどんな音楽が出てくるんだろう?〉と、まだ見ぬ音楽の登場にワクワクしているリスナーがすごくたくさんいたし」

Keishi「そしてタヒチの成功があったから、弟分のマンソーみたいなバンドも出てたんですよね。日本でデビューするのが夢だった、みたいなこと言ってましたし」

――マンソーの『Life Traffic Jam』はグザヴィエとペドロによるプロデュースで、音も完全にタヒチっぽい。後に彼らは、Keishiさんの曲のリミックスを手掛けてますよね。

マンソーの2012年作『Life Traffic Jam』収録曲“Little By Little”

2015年作『Alley』収録曲“Floatin’ Groove”。同曲のリミックスをマンソーが手掛けた