ソロ・デビュー10周年を迎えたシンガー・ソングライターが願うのは〈追いかけている〉こと。どんな時代でも歌を歌おう、そして踊ろう。新作『Chase After』がいま軽やかに鳴り響く!

気軽に聴ける音楽を作りたかった

 今年、ソロ・デビュー10周年を迎え、さらに先日11月3日には40歳の誕生日を迎えたKeishi Tanaka。もはや長さ的にも、青春時代を捧げたRiddim Saunterの活動期間をソロの時代が超えたわけだが、現在の彼は、バンドで過ごした20代、ソロとしてのキャリアを重ねた30代をどう捉えているのだろう。

 「振り返っても、Riddim Saunterをやっていたことで、いい20代を過ごせたなと思います。そして終わらせたことにもまったく後悔はない。もっとこうすりゃよかったなとか、こうしてたら解散してなかったかなとか思ったことは、これまでに1回もなくて。ソロのキャリアがバンドより長くなるのは当然だと思うんです。だって一生音楽をやるために解散したから。そういう点で30代――1人になってからの10年は、満足しては、また満ち足りなくなっての繰り返しでした。でも結局どこまで行ってもそうなんだろうなと。だからこそもっとやれると思えるし、いまも楽しめている。新作のタイトルにしたけれど、〈追いかける〉ことが性なんだとわかった10年でした」。

Keishi Tanaka 『Chase After』 Keishi Tanaka(2022)

 『Chase After』=追いかける。その言葉通り、Keishiは作品ごとに新たな音楽性を探求してきた。シンガー・ソングライター的な表現に向き合った1作目『Fill』と2作目『Alley』、多数のコラボレーションによってカラフルなポップセンスを開花させた3作目『What’s A Trunk?』、ソウルやゴスペルへの愛と関心を掘り下げた4作目『BREATH』……彼のディスコグラフィーは挑戦の軌跡と言えるだろう。

 「ソロになってからは〈こういう音楽じゃなきゃいけない〉みたいな縛りがまったくないんです。ただ、今回は、前作『BREATH』以降にテーマにしていた〈ブラック・ミュージック云々〉というのを、いったん忘れようと思っていました。加えてシンガー・ソングライターとしての表現をもう一回意識してみようかなと。そこで3曲目の“A Base Of Life”は、ファーストに収録していた曲と同じコード進行を使って作ってみたんです」。

 その“A Base Of Life”は、人懐っこいギターとシンセが印象的なトロピカル・ポップ。インディー感のあるサウンドにRiddim Saunter時からのファンは思わず笑みを浮かべそうだ。

 「この曲や“Sunny”では、ギターをパーカッシヴに使うことを意識しました。トム・ミッシュやスティル・ウージーなど、ギターが引っ張っている音楽を自分なりにやるとすれば、みたいに考えていたかな。この数年、3ピースでのライヴを増やしていることもあり、ギターという楽器のおもしろさに気付いたんです。あと“A Base Of Life”はレミ・ウルフあたりのガチャガチャした感じを出したかった。彼女の音楽のような〈気軽に聴けるもの〉を作りたくて。この3年くらい、みんながいろいろと悩みながら生きていたじゃないですか。だから、深く考えすぎず楽しめるものを作りたいと思ったんです」。

 2020年以降のコロナ禍は社会全体に大きな影響を与えたが、もちろん音楽カルチャーも例外ではない。なかでもKeishiのようにライヴを活動の基盤に据えてきたアーティストは、何かしらの欠落を感じざるを得なかったはずだ。その翳りある心情は〈もうダメだ〉という言葉さえ歌われた昨年リリースの先行シングル“I’m With You“に映し出されている。

 「何度目かの緊急事態宣言が出たときに、自分の主催で進めていた野外イヴェントが中止になったんです。“I’m With You”は、そこで出来た曲。もはやそういうことに慣れている/覚悟はできていると思っていたのに、やっぱり苦しくなって、曲で吐き出さないといけないという感覚があった。いま1人でこもるのは危険だとも感じたから、誰かと一緒に作るのがいいなと」。

 そうしたKeishiの心情から、“I’m With You”は以前にコラボを行ったTokyo RecordingsのYaffleを介して、Nobuaki Tanakaにアレンジを依頼。柔らかな質感を湛えた打ち込みのビートを土台に、Keishiは〈生きることをまた始めようか〉とみずからと聴き手を奮い立たせる。そのほかにも“雨”や“Slow Dance”など『Chase After』には、疫病、戦争、不況……この穏やかじゃない時代を生きる人々に寄り添うような曲が少なくない。

 「コロナに引っ張られたのは、今作の中では“I’m With You”だけで、基本的にはひとつ前のEP『AVENUE』で終わらせたつもりなんです。ただ、〈良いときもあれば悪いときもある〉と、いまこそ歌いたいと思っていました。苦しいときにそっとしておくことも大事ですが、音楽は聴きたいときに聴けるものだし、僕の音楽を聴いてくれているのであれば、そこで役に立てることはあると思っています。音楽は自分のためにやっているものだけど、リリースしたあとは誰かのためになってほしいんです」。

 

みんな、そろそろ踊りたいよね

 なかでも止まない雨に現代のムードを重ねた“雨”は、Keishiにとって新機軸と言える楽曲だろう。初期のライを彷彿とさせる鍵盤とジャジーなリズムが実に優雅だ。

 「“雨”はピアノで作った曲なんです。自分にとっては挑戦だったし、手癖も何もないから新鮮に聴こえると思います。周りや先輩ミュージシャンからも評判がよくて、わざわざ感想を連絡してくれたりもしたし、嬉しかったですね。その一方で、“Call Me Up”みたいな〈Keishiっぽいね〉と言われそうな楽曲――自然と鼻歌で歌いたくなる楽曲も絶対に必要。この曲は、オーセンティックなアレンジ、軽やかな演奏にこだわりました」。

 古のモータウンやガールズ・グループを思わせる“Call Me Up”を聴くと、ライヴで楽しく身体を揺らしているオーディエンスの姿が脳裏に浮かぶが、実際に〈ダンス〉というのも『Chase After』のキーワードのひとつだったという。

 「拓ちゃん(村松拓、Nothing’s Carved In Stone)が作詞作曲してくれた“青のサーカス”を完成させたくらいで、アルバムの全体像は見えてきたんですが、作品の顔となる曲があとひとつ必要だなと思ったんです。そこで思ったのが〈みんな、そろそろ踊りたいよね〉ということ。この3年、見て見ぬふりをせざるを得なかったダンスというものについて、そろそろ向き合うタイミングだなと思ったんです」。

 そして、出来上がったのが2曲目に収録された“Let Me Feel It”。かねてから一緒に作業してみたかったという関口シンゴ(Ovall)をギタリストとして召喚した、ディスコ・フィールのダンス・ナンバーだ。

 「田口恵人(LUCKY TAPES)と小宮山純平のリズム隊が作ったグルーヴの上で、いかにギターで遊ぶかというのがテーマとしてあり、それにはセッキーくんが最適だろうなって。想像通りの素晴らしいプレイでしたね。バンド・サウンドを基調にしつつ、音作りの面ではコナー・アルバートみたいなプロダクションを参考にしました。自分としてはいま、良いバランスで宅録やDTMへの関心を持てているんです。PCと向き合って音楽で遊ぶことの楽しさがようやくわかってきた気がします(笑)」。

 年齢的にも創作の面でも新たなフェイズに突入しているKeishi。そのまなざしの先には、どんな次の10年が見えているのか。

 「20代にRiddim Saunterがあり、30代にはソロの10年があった。そして、40歳になったけれど、いまでも楽しみが増しているんです。それはすごく重要なことじゃないですか? 楽しく音楽をやり続けることがいちばんの目的だったし、そのために止まるわけにはいかない。まだこれから、という感覚だし、ずっとそうでありたい。だからこそ40代で大きく変わる可能性は大きくありますよ。新しいバンドを始めるかもしれないですしね(笑)」。

Keishi Tanakaが近年に楽曲提供などで参加した作品。
左から、Nao☆ (Negicco) の2020年のシングル“ベスト☆フレンド”(T-Palette)、Gotchの2020年作『Lives By The Sea』(only in dreams)、V6の2021年作『STEP』(avex trax)、村松拓の2022年のシングル“遠くまで行こう”(Fireplace)

『Chase After』に参加したミュージシャンの作品を一部紹介。
左から、Ovallの2019年作『Ovall』(origami)、Yaffleの2020年作『Lost, Never Gone』(Picus)、LUCKY TAPESの2022年作『BITTER!』(ビクター)

 

Keishi Tanakaの追いかけ続けた10年をディスコグラフィーで追走する

Keishi Tanaka 『Fill』 Niw!(2013)

前年にソングブック兼EP『夜の終わり』でデビューしたKeishiが、約1年をかけて元バンドメイトを含む盟友たちと完成させた初作。パンクやチェンバー・ポップといった音楽性、英詞と日本語詞が半々程度という割合など、Riddim Saunterとソロの橋渡しとしても優れたバランス感覚が貫かれている。

Keishi Tanaka 『Alley』 Niw!(2015)

みずからアレンジを手掛けたストリングスがフィーチャーされ、サウンドは主にアコースティックでラウンジー。この2作目にはシンガー・ソングライターとしてのKeishiの表情がナチュラルに写されている。“Floatin’ Groove”や“素敵な影の結末”などブルーアイド・ソウル風楽曲のエレガンスも堪らない。

Keishi Tanaka 『What‘’s A Trunk?』 Niw!(2016)

作りたい音楽の具現化に執心した2作を経て、外からの刺激を採り入れたサード。Tokyo Recordings、fox capture plan、LEARNERSとコラボしたシングル以外でも、Ropesと藤原大輔を迎えた“冬の青”など多彩な音楽性が魅力のポップ盤だ。どんな音も自分が歌えばKeishi Tanaka――そんな自信がタイトルから窺える。

Keishi Tanaka 『BREATH』 Keishi Tanaka(2019)

バンド時代からのレーベルを離れるという転機や当時のシーンの潮流も後押しとなったのか、ルーツのひとつであるブラック・ミュージックに向き合った4作目。パーマネントなメンバーならではの息の合ったファンキーな演奏、ジョイフルな歌唱が聴き手をダンスフロアへと運ぶ。ゆっくりと高揚していく表題曲が素晴らしい。

Keishi Tanaka 『AVENUE』 Keishi Tanaka(2020)

Kan Sanoをフィーチャーしたディスコな“The Smoke Is You”、Mop of HeadのGeorgeとサンプリングをベースに制作した“Where You Know”などを収録したEP。『BREATH』のソウル・モードを継承しつつ、コロナ禍でのメランコリアが随所に滲み出ている。人々の言葉にし難い気持ちを歌にした、とても優しい一枚。