プライマル・スクリームが通算11枚目のニュー・アルバム『Chaosmosis』を日本先行でリリースした。スカイ・フェレイラとデュエットを披露した先行シングル“Where The Light Gets In”での突き抜けたテンションそのままに、近年屈指の完成度を見せている本作。80年代から今日にかけてサウンドを切り替えてきた、時代の変化を嗅ぎ取るセンスが今回は冴え渡っており、そこに持ち前の〈節操のなさ〉も吉と出て、楽曲にヴァラエティーと鮮度をもたらしている。さらに、「お気に入りの若手がいっぱいいるんだ」と語るボビー・ギレスピーのアンテナは現役感たっぷり。この新作では、ハイムやキャッツ・アイズといった新世代アーティストの活躍ぶりにも注目したいところだ。ここでは、プライマル・スクリームの歩みを振り返りながら、ファンならずとも必聴な『Chaosmosis』の聴きどころを掘り下げてみよう。 *Mikiki編集部
テーマは〈カオスの中から掴み取る美〉
かつてないほどヴァラエティーに富んだ内容に
今年2月にプライマル・スクリームが公開した、スカイ・フェレイラとのデュエット曲“Where The Light Gets In”のミュージック・ビデオに衝撃を受けた人はきっと多いはずだ。下世話なシンセ音と、軽薄なビート。赤を基調としたスポットライトを浴びて、煌びやかなセットで歌うボビー・ギレスピーとスカイ。ワンフレーズを交互に歌い回すベタベタのデュエットに、SNS上では〈ダサすぎてむしろカッコイイ!〉〈まるで昭和歌謡!〉などといった、絶賛コメント(?)が溢れかえっていたのも記憶に新しい。実際、白いスーツを着込んだボビーと、ラメ入りのミニワンピースで体をくねらすスカイは、石橋貴明&工藤静香の“A.S.A.P.”を彷彿とさせるエロさ。数年前、CSSの歌姫ラヴフォックスをフィーチャーした“I Love To Hurt (You Love To Be Hurt)”(2008年作『Beautiful Future』収録)よりも、数倍吹っ切れた2人の熱演に、来たるアルバムへの期待は否が応にも高まっていたのだった。
そして前作『More Light』からおよそ3年ぶり、通算11枚目のアルバム『Chaosmosis』がついにリリースされた。結論から言えば、彼らの近作のなかでもひときわ猥雑で、軽薄で、真摯で、そして陰鬱な内容。とにかく、ブルース(“Trippin’On Your Love”)からフォーク(“Private Wars”)、ポスト・パンク(“(Feeling Like A) Demon Again”)、ガレージ(“100% Or Nothing”)、エレクトロ(“Where The Light Gets In”)にボサノヴァ(“I Can Change”)――と、かつてないほどヴァラエティーに富んだ楽曲が並んでいるのである。
レコーディングは、現在は取り壊されてしまったという彼らの所有スタジオ=ダス・バンカーと、スウェーデンの首都・ストックホルムにあるイングリッド・スタジオで主に行われ、ボビーとアンドリュー・イネスが作曲/プロデュースを務めている。この変わったアルバム・タイトルには、〈カオス(混沌)の中から「美」を掴み取る〉という意味が込められている。
「いまは刺激を受けるものがたくさんある。テクノロジー、例えば携帯電話やコンピューターを通じてのものだったり、広告、新聞……毎日 毎日情報が溢れすぎているんだ。そのなかで僕たちは生活を回していかなければならない。仕事に行って、十分な金を稼いで……そのなかから芸術作品が生まれてくる。そういうのをカオイド(chaoid:カオスから生まれてきたものという意味)と言うんだ。世の中の異常さや、 連日投げかけられてくる過剰なまでの情報を解明しようとすることだね。それらに圧倒されてしまうより、それらを味わって通過できるようにしようと。解明して、そこから美しいものを生み出していこうということなんだ」(ボビー・ギレスピー)。
エモーショナルなアルバムを作るために、
ハイムなど新しい世代の才能が集結
在りし日のニッキー・ホプキンスを思わせるような、マーティン・ダフィのいなたいピアノが鳴り響く。アルバム冒頭を飾る“Tripping On Your Love”は、コズミックなハウス・ビートと漆黒のブルーズが混じり合い、エクスタシーの海でまばゆい光を放つ。その強烈なコントラストは、傑作サード・アルバム『Screamadelica』(91年)の世界観を引き継いだ、前作『More Light』の最終曲“It's Alright, It's OK”と地続きにあるものだ。絶望や混乱を叫ぶこの曲を、アンドリュー・イネスは「エレクトロニックなノーザン・ソウル」と説明した。
「エモーショナルなアルバムを作りたかったんだ。とにかくエモーショナルで、いろんな感情が入っているものにしたかった。それからリアルな題材を取り上げたかったというのがあったね。辛い題材を取り上げて、そこから脱却するようなものにしたかったんだ。辛い感情や状況を語れるようなものにね。そういう状況から生まれる感情を扱おうと思ったんだ。ブルースみたいに失恋とかリアルな感情を取り上げて、それをモダンな音で表現しようと思った。と同時に、めちゃくちゃ美しいポップ・アルバムを作りたいとも思ったんだ。エクスタシーと悲しさが同時にくるような、そういう二面性が欲しかった」(ボビー)。
この曲と“100% Or Nothing”でバッキング・ヴォーカルを務めるのは、ハイムの三姉妹(エスティ、ダニエル、アラナ)。2013年にイギリスの人気音楽番組「Later... With Jools Holland」で出会い、同年6月の〈グラストンベリー〉で共演するなど、両者は親交を深めていた。子どもの頃、教会で黒人の女の子たちに混じって歌っていたことにある彼女たちは、デニース・ジョンソン(『Screamadelica』でフィーチャーされた黒人女性シンガー)も顔負けのソウルフルなコーラスを披露している。他にも、ピーター・ビヨーン・アンド・ジョンのビヨーン・イットリングが数曲でソングライティングに参加。ピアノやドラム・マシーンなど演奏でも貢献している。さらに、カナダの女性シンガーで、ファリス・バドワン(ホラーズ)のパートナーでもあるレイチェル・ゼフィラ(キャッツ・アイズ)も加わった。
カメレオン・バンドが内包してきた官能美は、
政治的なアティテュードと共にますます先鋭化
とはいえ、やはり本作の目玉は冒頭で述べた、スカイとのデュエット曲“Where The Light Gets In”だろう。もともとは彼女が自身のアルバムに参加してほしいとボビーに頼み、LAで出会ったのちに親しくなったという。この曲のアイデアをボビーが思いついたのは、日本に滞在していた時らしい。まさか、件の歌謡デュエットを耳にして閃いた……というワケではないと思うが。
「僕たちみんな、あの子が大好きなんだ。表に出ていない才能をいっぱい秘めている。それにとてもいい子なんだ。一緒にやって本当に楽しかったよ。エッジが立っているしね。ダークさもあるけど(笑)、それを上手く昇華できると思う。何かを持っている子だね」(ボビー)
エッジーでダーク。さらに言えば、官能的で挑発的で、軽薄なようで誠実。まさにプライマル・スクリームというバンドが、デビューから一貫して貫き通している矜持を、その小さな身体一つで体現しているのがスカイではないか。そして、そのことを一瞬で見抜いたボビーという男はやはり只者ではない。
メイヨ・トンプソンのプロデュースによって、60年代サイケデリアを蘇らせた87年のデビュー・アルバム『Sonic Flower Groove』から、突如ガレージ・ロックへと転身した89年の2作目『Primal Scream』へ。その後もセカンド・サマー・オブ・ラヴを体現した91年の『Screamadelica』、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの司令塔、ケヴィン・シールズと共に作り上げた凶暴な2枚『XTRMNTR』(2000年)、『Evil Heat』(2002年)と、作品ごとにサウンドをアップデートしてきたカメレオン・バンド、プライマル・スクリーム。その屋台骨を支えてきたボビー・ギレスピーは、グラスゴーきってのレコード・コレクターである前に、生粋のパンク・ロッカーでもある。
これまでの作品でも多かれ少なかれ、常に〈政治〉をテーマにしてきた彼は、現在の国際情勢に対するオルタナティヴなアティテュードを、もちろん本作でも表明している。しかしそれは、世界へ向けて声高に叫ぶ〈理想論〉ではなく、リアルな状況に対する強い感情をテーマにした、極めて内省的でパーソナルなもの。であるが故に、殺傷能力はむしろ高まった。「以前よりも自分の感情や言いたいことを、うまく表現できるようになった」というボビー。ポップ・ミュージックの衣を纏いながら、リスナーを内側から変革せんとする本作は、これまで以上に危険なアルバムといえるかもしれない。